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第一章 氷の騎士様は、環境改善に涙する


 北の離宮での生活が始まって、三日が経ちました。

 世間一般では、これを「幽閉」や「謹慎」と呼ぶそうです。


 夫である王太子フレデリック様からは何の音沙汰もありませんし、必要最低限の物資しか届きません。侍女長のマーサさんは、相変わらず「余計なことはしないでください」と鉄仮面のような顔で釘を刺してきます。



 けれど、わたくしに言わせれば、ここは楽園です。



「ん~っ! 今日も空気が美味しいですわ!」



 朝、硬めのベッド(腰痛予防に最適ですわね)から起き上がり、窓を開けると、少しひんやりとした風が入ってきます。

 この離宮は王城の端にあるため、人の出入りが少なく、とても静か。


 父様や兄様に溺愛され、ひっきりなしに夜会や茶会に呼ばれていた故郷での生活に比べれば、なんと贅沢な時間の使い方でしょう。



「さて、今日の冒険はどこにいたしましょうか」

 身支度を整え(ドレスは数着しか持たされませんでしたが、着回しのセンスが磨かれますわ!)、わたくしは部屋を出ました。


 廊下ですれ違った若い侍女が、ギョッとした顔で「あ、あの、王女様……お部屋にいらっしゃらなくて良いのですか?」と声をかけてきます。



「あら、ごきげんよう。お部屋に閉じこもっていたら、カビが生えてしまいますわ。わたくし、光合成が必要なお花のような体質なんですの」

「は、はあ……」

「マーサさんには『お庭の視察をしてきます』と伝えてくださる? 迷子になったら、大きな声で歌いますから迎えに来てね!」



 呆気にとられる侍女にウィンクをして、わたくしは庭へと飛び出しました。

 手入れされていない庭は、雑草が伸び放題。ですが、わたくしの目には「野性味あふれるナチュラルガーデン」と映ります。

 鼻歌交じりに庭の奥へと進んでいくと――不意に、風に乗って猛々しい音が聞こえてきました。



 キンッ! ガギンッ!



 そして、ドスの利いた怒号。



「気合が足りん! それで王城を守れると思っているのか!」

「はッ、申し訳ありません!!」

(あら? 何かしら、この勇ましい掛け声は)



 好奇心という名のコンパスに従い、わたくしは音のする方へ、蔦の絡まる裏門をくぐり抜けました。


 そこにあったのは、王城の裏手にある第三訓練場。


 土煙が舞う中、数十人の騎士たちが剣を振るっていました。


 彼らの鎧はあちこち凹み、剣も使い込まれてボロボロ。

 全員が泥と汗にまみれ、肩で息をしています。


 その中心に、ひときわ冷ややかな空気を纏った長身の男性が立っていました。

 濡れたような銀髪に、鋭い氷のような水色の瞳。

 整った顔立ちは彫刻のように美しいのですが、そこには感情の色が一切ありません。ただただ冷徹に、部下たちを見下ろしています。

 彼こそが、アークライド王国の騎士団長、グレン・バーンズ伯爵。

 その厳しさから「氷の騎士」「歩く吹雪」と恐れられ、貴族のご令嬢たちからは「目が合うだけで凍死しそう」と敬遠されている人物だと、以前資料で読んだことがあります。



(まあ……! なんて素敵な方!)



 わたくしは思わず頬を染めました。

 見てください、あの鋭い眼光。きっと、部下たちの成長を願うあまり、瞬きするのも惜しいのでしょう。


 そしてあの、他を寄せ付けない孤高のオーラ。 


 あれは間違いなく、シャイな性格の裏返しですわ。本当はみんなと仲良くしたいけれど、立場上厳しくしなければならない孤独なリーダー。


 キュンと胸が鳴りました。わたくし、ああいう不器用な殿方には目がないのです。

 わたくしはドレスの裾を持ち上げ、訓練場の端にある木陰へ忍び寄りました。  


 特等席で彼らの頑張りを応援しようと思ったのです。



「そこまで! 休憩!」



 グレン団長の低い声が響くと、騎士たちが次々とその場に倒れ込みました。

 みなさん、限界まで体を動かしていたようです。素晴らしい根性ですわ。



「……おい。そこで何をしている」



 不意に、頭上から氷点下の声が降ってきました。

 顔を上げると、いつの間にか目の前にグレン団長が立っていました。逆光で表情は見えませんが、殺気のようなものがビリビリと伝わってきます。



「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。どこの侍女か知らな……いや、そのドレス」



 彼はわたくしの格好を見て、眉をひそめました。

 簡素とはいえ、王族しか着られない質のドレスです。彼はすぐに察したようでした。



「まさか、噂の『放置された王女』か? ……こんな埃っぽい場所へ何をしに来た」



 明らかな敵意。



 「邪魔だ」「消えろ」と言外に告げています。

 周りの騎士たちも、団長の不機嫌さに青ざめて震え上がっています。


 ですが、わたくしには彼らの心の声が聞こえるようでした。

 ――『こんな危険な場所、か弱い女性が来るべきじゃない!』

 ――『怪我をしたらどうするんですか! 心配で訓練に身が入りません!』


 そう言いたいのでしょう? 


 わたくしは立ち上がり、にっこりと微笑みました。



「ごきげんよう、騎士団長様。ご心配には及びませんわ。わたくし、こう見えても運動神経には自信がありますの。飛んでくる剣を扇で叩き落とすくらいは赤子の手をひねるくらい簡単ですわよ?」

「……は?」



 グレン団長の眉間のシワが深くなりました。



「何を言っている? 私は邪魔だと言っているんだ。ここは女子供の遊び場ではない。すぐに離宮へ戻れ」

「まあ! わたくしがお肌を日焼けさせてしまわないよう、気遣ってくださるのですね? なんてお優しい……!」

「誰もそんなことは言っていない!」

「ふふ、照れなくてもよろしくてよ。でも、わたくしは平気ですわ。それより、皆様の方こそ大変そうですわね」 



 わたくしは、倒れ込んでいる若い騎士たちを見渡しました。 


 近くで見ると、その惨状は明らかでした。


 彼らの唇は乾燥でひび割れ、喉はカラカラに乾いている様子。それなのに、近くにある水桶の中身は空っぽです。

 さらに、彼らが手にしている剣は刃こぼれがひどく、鎧の革紐も切れかけています。


 

(これは……どういうことかしら?)



 王国の守護者である騎士団が、こんな劣悪な環境で訓練しているなんて。

 予算が足りていない? いえ、王太子の執務室はあんなに豪華でしたし、アイナ様のドレスも最新の流行を取り入れた高価なものでした。

 


 ――ピーンときましたわ。



 これは、あのバカ……いえ、フレデリック様が、騎士団の予算を削って愛人との遊興費に回しているのですわね?

 そして、グレン団長はその苦境を誰にも言えず、限られた物資で必死に部下を鍛えている。



(なんて健気なの……!)



 わたくしの目頭が熱くなりました。

 国を守るために、己の身を削って耐え忍ぶ騎士道精神。

 こんなに頑張っている「男の子」たちを、愛の女神の使徒であるわたくしが見過ごせるはずがありません!



「……おい、聞いているのか。さっさと出ていけ」  



 グレン団長が、わたくしの腕を掴もうと手を伸ばしかけ――躊躇って引っ込めました。

 汗と泥で汚れた自分の手で、王族に触れてはいけないと思ったのでしょう。

 その不器用な優しさに、わたくしのハートはさらにヒートアップです。



「団長様、少し待っていてくださいませ!」

「は? 待つも何も、帰れと――」

「すぐ戻りますわ! 動いちゃダメですわよ!?」



 わたくしはドレスの裾をまくり上げると、訓練場を飛び出しました。

 目指すは離宮の厨房です!



 ◇



「あら、ウルリカ様? どちらへ……って、きゃあああ!?」



 厨房に駆け込むと、昼食の準備をしていた料理人たちが悲鳴を上げました。

 わたくしは彼らを無視して、棚を物色します。



「レモンはあるかしら? あと蜂蜜と、お塩! 清潔な布巾と大きな樽も必要ね!」

「お、王女様!? 何をなさるおつもりで!?」

「緊急事態ですの! そこで干からびそうになっている子羊たちを救わなくてはなりません!」

「こ、子羊……? 食材ですか!?」



 料理長らしきおじさんがお玉を持って震えていますが、説明している暇はありません。

 わたくしは腕まくりをすると、手際よくレモンをスライスし、蜂蜜と塩と一緒に水樽へ投入しました。

 故郷で、わたくしが考案した「特製疲労回復ドリンク」です。

 ついでに、氷室から貴重な氷も勝手に持ち出します。



「それから、サンドイッチ用のパンとハムはあるかしら? ああ、もう自分で切りますわ!」



 ダダン! ダダン!  



 まな板の上で包丁が踊ります。花嫁修業の一環として料理も完璧にマスターしているわたくしの手際に、料理人たちが「すげぇ……」と呆然としています。

 山盛りのサンドイッチと、冷たいレモン水が入った重たい樽。そして清潔なタオル。

 これらを台車に載せると、わたくしは笑顔で宣言しました。



「さあ、補給部隊の出動ですわ!」   



 ガラガラガラガラ!!



 離宮の石畳を、台車の車輪が唸りを上げて転がっていきます。

 ドレス姿の王女が、重い台車を押して爆走する姿に、すれ違う衛兵たちが二度見、三度見をしていましたが、気にしません。  



 愛はスピードが命ですもの!



 ◇



「……おい、なんだあの音は」



 第三訓練場では、グレン団長が怪訝な顔で離宮の方角を睨んでいました。

 地響きのような音が近づいてきます。

 まさか、魔物の襲撃か? 騎士たちがボロボロの剣を構えようとした、その時。



「お待たせいたしましたーーーーーッ!!」



 土煙を上げて現れたのは、台車を押して猛ダッシュしてくるウルリカ王女でした。

 ふわりと舞う金髪、頬を紅潮させ、満面の笑みで突っ込んでくるその姿は、ある意味魔物より迫力があります。



「なっ……!?」



 グレン団長が目を見開いて立ち尽くす前で、わたくしは華麗に台車を停止させました。

 ザザッ! と綺麗にドリフトして止まった台車の上には、キラキラと輝く水樽と、山盛りのサンドイッチ。



「さあ皆様! 休憩の続きですわよ! 冷たいお水と軽食を持ってきましたわ!」

「は……? 水……?」

「ええ。皆様、喉がカラカラでしょう? 特製の蜂蜜レモン水ですの。塩分も入っていますから、汗をかいた後にはぴったりですわ!」



 シーン……と場が静まり返りました。



 騎士たちは困惑し、団長の顔色を窺っています。

 王族が持ってきたものに、うかつに手を出していいものか。そもそも、毒が入っているのではないか(愛人の差し金などで)。そんな警戒心が見え隠れします。

 それを見たグレン団長が、低い声で唸りました。



「……王女殿下。我々に施しをするつもりか? そのような真似、王太子の耳に入れば――」

「施し? まあ、団長様ったら物事を複雑に考えてはいけませんわ!」



 わたくしはコップに水をなみなみと注ぐと、グレン団長に突きつけました。



「これは『愛』ですわ!」

「あ……愛?」

「ええ! 頑張っている殿方を応援するのは、レディの嗜みですもの。さあ、まずは団長様が毒見をしてくださいな。そうすれば、部下の方々も安心して飲めますでしょう?」

「毒見だと……? 私を試しているのか?」

「いいえ、あなたの喉を潤したいだけですわ!」



 わたくしは、躊躇う団長の手を取り、無理やりコップを握らせました。

 その際、彼の手にある無数のマメと、古傷が目に入りました。

 剣を振り続け、国を守ってきた証。



「……素敵な手ですわね」



 ぽつりと呟くと、グレン団長がビクリと肩を震わせました。



「汚い手だ。血と泥にまみれている」

「いいえ、勲章ですわ。わたくし、働き者の手は大好きよ。故郷では私を護衛してくれていた騎士達はみんな同じようにゴツゴツした者ばかりだったの」



 わたくしは彼の目をまっすぐに見つめ、ニッコリと微笑みました。


 計算も駆け引きもありません。ただ純粋に、彼のかっこよさを称賛しただけです。

 グレン団長は、しばらく呆然とわたくしを見ていましたが、やがて観念したようにコップに口をつけました。



 ゴクリ、ゴクリ。 



 乾ききった体に、冷たい水が染み渡っていくのが分かります。



「……美味い」



 彼が小さな声で漏らすと、わたくしは勝ち誇ったように胸を張りました。



「でしょう? さあ、他の方も遠慮なさらないで! サンドイッチも早い者勝ちですわよ!」

「う、うおおおお!」

「水だ! 冷たい水だ!」

「あ、あのサンドイッチ、めちゃくちゃ美味いぞ!?」

「王女様、ありがとうございます!」



 団長が飲んだのを確認して、若い騎士たちが台車に殺到しました。



 まるで餌に群がる鯉のようです。



 わたくしは甲斐甲斐しくコップを配り、汗を拭うためのタオルを手渡しました。

「はい、どうぞ。あら、あなた額に怪我が……痛いの痛いの、飛んでいけーっ! ふふ、後でお薬も塗って差し上げますわね」



「は、はい……!(顔が近い! めちゃくちゃいい匂いがする!)」

「あなたはもっとお食べなさい。そんなに痩せていたら、剣より先に自分が折れてしまいますわよ?」

「あ、ありがとうございます……っ(母ちゃん……)」



 訓練場は一瞬にして、和やかなパーティー会場のようになりました。

 そんな光景を、グレン団長だけが、空になったコップを握りしめたまま、信じられないものを見る目で見つめていました。  



「……なんなんだ、この人は」



 そのつぶやきは、呆れを含んでいましたが、先ほどまでの氷のような冷たさは、微かに溶け出しているように見えました。 



(ふふっ、みなさん元気になったようで安心だわ!騎士たる者体力は大事ってお兄様が言ったらしたし)



 わたくしは心の中でガッツポーズをしました。



 しかし、これはまだほんの挨拶代わり。

 この騎士団の惨状(予算不足)を解決し、彼らを完全にわたくしの「親衛隊」にするためには、もう一押し必要です。

 


 明日から、わたくしの「おせっかい」が、さらに火を吹きますわ





 そして数日後……


 訓練場に、久しぶりに騎士たちの明るい声が戻ってきました。

 彼らはわたくしが持参したサンドイッチを頬張り、レモン水を飲み干し、まるで生き返ったように目を輝かせています。



「いやあ、生き返った……。王女様、この飲み物最高です!」

「ハムが……肉が分厚い……!」



 涙を流して感謝する彼らを見ていると、わたくしの胸も温かくなります。

 そんな中、一人だけまだ警戒心を解いていない方がいらっしゃいました。



 ええ、もちろんグレン・バーンズ団長です。



 彼は空になったコップを複雑な表情で見つめた後、鋭い視線をわたくしに向けました。



「……王女殿下。感謝はする。だが、これ以上我々に関わるのはやめていただきたい」

「あら、どうしてですの? まだデザートのクッキーが残っていますわよ?」

「そういう問題ではない!」



 グレン団長が声を荒らげると、周囲の騎士たちがビクリと震えました。

 彼はわたくしの前に立ちはだかり、その長身で威圧するように見下ろします。けれど、わたくしには彼が「傷ついた野良猫」が必死に威嚇しているようにしか見えません。



「あなたはご自分の立場を理解していない。夫である王太子に疎まれ、離宮へ追いやられた身だ。我らのような薄汚い騎士団と親しくしていると知れれば、殿下やあの男爵令嬢からさらなる嫌がらせを受けることになるぞ」



 ああ、なんてお優しいのでしょう。

 ご自分のことよりも、わたくしの身の安全を案じてくださっているのですわね。

 ですが、わたくしが気になっているのは、そんなことではありません。



「団長様。……その腰の剣、見せていただけますか?」



 唐突な問いに、グレン団長は眉をひそめました。

 彼は躊躇いながらも、愛剣を鞘から抜いてみせます。



 ジャリ……と、耳障りな音がしました。



 現れた刀身は、無数の傷が走り、刃こぼれし、研ぎ直す限界を超えてやせ細っていました。それは剣というより、鉄の棒切れに近い状態でした。



「……ひどい状態だろう」



 グレン団長が自嘲気味に笑います。



「予算がないのだ。王太子殿下が、騎士団への予算を大幅に削減されたからな。新しい装備を買う金もなければ、剣を研ぐ砥石を買う金すらない」



 周囲の騎士たちが悔しそうに俯きました。

 なるほど、やはりそうでしたのね。



 でも、団長様は一番大切なことを言い忘れていますわ。



 その予算がどこへ消えたのか。――ミナ様の新しいドレスや宝石、そして毎晩のパーティー費用になっていることを、彼らは知っているのです。



「国を守る盾が、これではな……。我々は、見捨てられた騎士団なのだよ」



 グレン団長の瞳に、暗い諦めの色が浮かびました。

 彼はわたくしに、現実の厳しさを突きつけ、失望させようとしているのでしょう。

 「あなたも我々に関わると損をする」と。 



 しかし。



 わたくしは、そのボロボロの剣をそっと指先で撫でました。



「まあ……。なんて働き者なんでしょう」

「……は?」

「だってそうですでしょう? こんなになるまで国のために尽くして、傷ついて。この剣も、そして団長様も皆様も……本当に、本当に頑張り屋さんなんですのね」



 わたくしが涙ぐんで見上げると、グレン団長は虚を突かれたように目を見開きました。

 汚い、惨めだと言われると思っていたのでしょう。

 でも、わたくしにはこの傷だらけの剣が、ダイヤモンドよりも尊い勲章に見えます。

 そして、わたくしはニッコリと微笑み、ポンと手を打ちました。



「それに、予算がない理由も分かりましたわ!」

「り、理由だと? 殿下が愛人にうつつを抜かしているから――」

「いいえ、違いますわ! フレデリック様は、『究極の平和主義者』なんですのよ!」



 全員の動きが止まりました。



 グレン団長の口がポカンと開きます。



「へ、平和……主義者……?」

「ええ! つまり殿下は、『武器なんて野蛮なものは必要ない世界を作りたい』という崇高な理想をお持ちなのです。だから、あえて騎士団の予算を削り、武器をなくそうとされている……。なんてロマンチスト! 頭の中がお花畑……いえ、理想郷の住人なんですわ!」



 シーン……と静まり返る訓練場。



 騎士たちは「えっ、あのバカ王子がそんな深い考えを?」「いや、絶対違うだろ」「でも王女様が言うなら……」と混乱の渦に巻き込まれています。



 わたくしは力説を続けました。



「ですが、現実にはまだ魔物も出ますし、平和ボケ……いえ、理想を語るだけでは国は守れません。殿下が夢を見る担当なら、現実を守るのは妻であるわたくしの役目ですわ!」



 わたくしは首元に手を伸ばし、着けていた大粒のエメラルドのネックレスを外しました。

 これは父様が「瞳の色と同じだ」と贈ってくれた、国宝級の一品です。



「団長様、これをお使いください」

「なっ……!?」



 ずしりと重いネックレスを押し付けられ、グレン団長が慌てふためきます。



「ば、馬鹿な! これは王家の家宝クラスの宝石ではないか! こんなものを受け取れるわけがない!」

「あら、遠慮なさらないで。タンスの肥やしにするより、皆様の剣や鎧に変わったほうが、このエメラルドも喜びますわ」

「だが、これは賄賂わいろと取られかねん! 王女殿下が、騎士団を買収しようとしているなどと噂になれば――」

「買収?」



 わたくしはキョトンとして、そしてクスッと笑いました。



 一歩、グレン団長に近づきます。



 氷の騎士と恐れられる彼が、たじろいで一歩下がります。



「買収だなんて、そんな言葉、悲しいですわ。……これは『投資』ですのよ」

「投資……?」

「ええ。わたくし、強い殿方に護って頂きたいの。あなた方のような素敵な騎士様たちが、万全の装備で輝く姿を見たい……。それはわたくしにとって、どんな宝石よりも価値のあることなんですの」



 わたくしは背伸びをして、グレン団長の頬にある古傷に、そっと手を触れました。

 騎士たちが息を呑む音が聞こえます。



「だから、お願い。……わたくしのために、強くなってくださらない?」



 上目遣いで囁くと、グレン団長の顔が一気に赤く染まりました。



 氷の瞳が揺れ動き、熱を帯びていきます。



 彼は震える手で、押し付けられたエメラルドを握りしめました。  



 彼は知っていたのです。



 王族や貴族たちが、自分たちを「金のかかる道具」としか見ていないことを。



 けれど、目の前の少女は違った。



 彼女は、自分たちの傷を「勲章」と呼び、泥まみれの手を「素敵だ」と言い、宝石よりも自分たちの価値を信じてくれた。

 その純粋すぎる信頼と、圧倒的な肯定。

 それが、凍りついていた彼の心を溶かし――そして、燃え上がらせました。



「……貴女という人は」



 グレン団長は深く息を吐き、そして静かにその場に跪きました。

 泥だらけの地面に膝をつき、最敬礼の姿勢をとります。

 それに倣うように、周囲の騎士たちも一斉に跪きました。

 ザザッ、という衣擦れの音が揃います。



「我らアークライド騎士団、本日この時より、ウルリカ様の剣となり盾となることを誓います」



 グレン団長の声は、先ほどまでの冷徹なものではなく、熱い忠誠心に満ちていました。

 彼は顔を上げ、燃えるような瞳でわたくしを見つめます。



「この身が朽ち果てるまで、貴女様をお守りしましょう。……我が主君」

(あら? なんだか皆様、やる気になってくださったみたい!)



 わたくしは嬉しくなって、手を叩きました。



「まあ、頼もしいですわ! よろしくてよ、では早速、そのネックレスを換金して、街一番の武器屋へ行ってらっしゃいませ! あ、ついでに美味しいお肉も買ってきて、今夜は焼肉パーティーにしましょう!」

「「「イエッ・マム!!!!」」」

「……ん?…」

(マムって聞こえたけど何かしら?こちらの言葉で我が主って意味かしらね?)



 訓練場に、野太い歓声が響き渡りました。

 


 こうして、わたくしは「離宮のお散歩」ついでに、この国の最大戦力である騎士団を掌握してしまいました。

 

 ちなみに数日後、ピカピカの装備に身を包んだ騎士たちが、離宮の周りを厳重に警備し始めました。

 それを見た王太子殿下が「なぜ私の護衛が手薄なんだ!?」と騒いでいましたが、グレン団長は「離宮周辺に不審者(殿下の使い)が出るため、重点的に警備しております」と涼しい顔で答えたそうです。


 

 さすが団長様、お仕事熱心で素敵ですわ!


 さあ、次は誰とお友達になりましょうか。

 あそこの庭で、いつも眉間にシワを寄せて書類を読んでいる、怖そうなおじいちゃま(宰相)なんて、とっても気になりますわね……!




(騎士団長編・完)


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