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亡国記録  作者: 筆速E
第二部 空欄の裁可
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第五章 日付更新


日付欄は、罫線の中で最も静かな場所に見える。

静かな場所ほど、紙が動かないことを隠す。


ノートンは、通達票を控え束から抜き、机の端に置いた。

「起案側の再記載を要する」「受理側での追記は不可」。

不可という語は、工程を増やす。増えた工程は、戻りを増やす。


受理台に、返送束が届いた。

封筒の角が揃っている。揃っている束は運搬が丁寧だったというだけで、中身が進んだとは限らない。


ノートンは封筒を一通開け、本文の上端を見た。

宛先経路、添付枚数、最終名義。

欄は埋まっている。形式は成立している。


日付欄だけが、新しい印になっている。

起案側の印。受理側の印ではない。


ノートンは、その紙を裏返さず、同じ番号の控え札を控え束から拾った。

控え札の端に挟んだ色紙が、同じ位置で残っている。色紙は分類ではない。索引の印だ。


ハロウが、返送束の上から二通目を滑らせて言った。


「日付だけ替わって戻ってる」


日付の更新が、進行ではないことは言わない。

言えば評価になる。


ノートンは通達票を指で押さえた。


「受理側では書けない。起案側に戻して書かせる」


「戻して、また戻る」


「戻す」


会話はそこで止まる。

止めないと、なぜ戻るかを言い始める。言えば推測になる。


ノートンは返送票を切った。

返送票は理由を持たない。工程だけを持つ。


・日付再記載確認済

・形式整合確認済

・経路継続


定型文の範囲に収め、番号と日付だけを入れる。

日付は、この部屋が触れない日付だ。触れない日付でも、工程として記録する。


運搬係が、経路籠を寄せた。

ノートンは紙を籠へ落とし、落とした後に受領簿へ工程印を押す。印は「進んだ」の印ではない。「回した」の印だ。


次の封筒。

今度は日付欄が空いている。空いている日付欄は形式不備ではない。空欄が許される欄だからだ。許される空欄は、最も扱いに困る。


ノートンはその紙を、保留籠へ入れた。

保留は評価ではない。札だ。札の方がまだ安全だ。


保留籠の札が目に入る。

札は増やせない。札を増やすと点検が来る。点検は理由欄を増やす。理由欄は紙を増やす。


ノートンは保留籠の中身を整え、角を揃えた。

角が揃っていれば、少なくとも欠落は起きにくい。


日付が更新された紙は、印の乾き具合で分かる。

乾ききらない印は、起案側が急いだという意味ではない。工程が近かったという意味だけを持つ。


運搬係が、起案課への戻し函を机の脇に置いた。

戻し函は返送函とは別だ。返送は経路上の往復だが、戻しは起案側へ工程を返す。返す工程は、紙を増やす。


ノートンは保留籠から一通を取り出し、日付欄を見た。

空白のまま。欄外に小さく鉛筆の痕がある。鉛筆は危険だ。鉛筆は消える。消えるものは後で「無かった」にできる。


ノートンは鉛筆痕を読まず、位置だけを確認した。

罫線の内側。欄内。


欄内なら、形式は成立する。

成立するなら、戻すか回すかは札で決まる。


通達票がある以上、受理側で日付を追記できない。

空白のまま回すと、起案側の不備に見える。だが「見える」は扱わない。扱えるのは工程だけだ。


ノートンは戻し票を切り、定型文を入れた。


・日付欄再記載要

・起案側記載の上、再提出


票の下に、収受番号と到達印の日付を写す。写すのは理由ではなく照合のためだ。


ハロウが、戻し函を見て言った。


「戻しが増えると、受理に戻る」


「受理に戻ると、配分が遅れる」


「配分が遅れると、保留が増える」


「保留が増えると、札が重くなる」


札が重くなる。

重くなるという語は物理だ。物理として置く。評価にしない。


ノートンは戻し函に封筒を入れ、控え束に一本線ではなく小さな点を付けた。

点は完了ではない。戻し工程が発生した索引だ。線にすると「増えた」に見える。点なら、まだ索引でいられる。


運搬係が戻し函を抱えて出ていく。

机の上には、日付の新しい印だけが残る紙の束が残った。残った束は、また経路へ回す。


ノートンはその束を経路籠へ落とし、受領簿の写しに工程印を押した。

印の数が増えるほど、紙は「動いている」ように見える。動いているように見える紙ほど、止まっている。


止まっているという言葉は、ここでは使わない。


扉が開き、無名の書記が通達票をもう一枚差し込んだ。

文面は短い。


| 日付更新のための戻しは

| 当日分のみ

| 保留分は経路継続


当日分のみ。

当日分という札が、また重くなる。


ノートンは通達票を控え束に挟み、返事をしないまま手を動かし続けた。

返事をすると、理解した責任が生まれる。責任は名義へ集まる。名義はここでは扱わない。


日付欄の印は、今日の日付で揃っている。

揃っている印の下で、裁可欄は白いまま残る。

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