ようこそ、六宝霊能相談所へ。
六宝から伝えられたのは、予想だにしない一言だった。
「ウチなら何と時給1400円!ネジ工場より300円も多い。それに報酬料もインセンティブとしてしっかりつけます。福利厚生もいつかは充実させます。頑張ってくれれば社会保険なんかも入れちゃうよー。さらにさらに、ウチにしかない特典。死んだ時はちゃんと責任を持って天国へと送ってあげます。キミがどれだけ悪いことをしても、力づくでなんとかしてあげるからさ。大船に乗った気でいてくれていいよ!」
なんで今死にそうなほどギリギリなのに、死んだ後のことを考えなきゃいけないんだ。真っ当にそう思った。それにユウは聞き逃さなかった。六宝がぼそっと言った
「命の保証はないけどね」を。
ただ時給が300円も上がるのは、ユウにとって魅力的ではあった。
「でも、どうして僕なんですか?僕、幽霊なんて今回初めて見たところですよ」
「うん。まずはそこだね。何を隠そうウチの経営は今やばい。なぜなら、金になるような霊能相談なんて滅多に来ないからだ!たまに来たとしても幽霊なんて関係ない精神的な問題のやつばかり。その結果もう九月だってのに今年の相談件数はキミからだけのたった一つ!とんでもなくやばいんだ!」
「えー……」
ドン引きするユウ。すかさずアズコが補足説明に入る。
「六宝様は極度の人見知り。そのせいで依頼を受けるのはいつも金にならない幽霊からばかり。私も幽霊の身である以上、霊感のある者以外とは交流出来ない。つまり、人間の窓口が必要という訳です」
「六宝さんが人見知りだなんて、とてもそうは見えないですけど?」
「それはユウ様が呪われているからです。呪われていない一般人など、六宝様からしたらどんな強い霊よりも恐ろしい魔の者と化します。これに関してはそのうち分かるかと」
「そう……ですか」
今も目の前でおちゃらけている六宝を見つめ、ユウは疑う気持ちを深く仕舞い込んだ。
ふと、今も手首に巻きつくブレスレットが気になった。
「僕はまだ、これに呪われてるんですよね?これからどうなるんですか?死ぬかもしれないんですよね?」
「んーあーそれね。見せたほうが早いかな?アズコ。結界解いちゃって」
「承知しました」
六宝が指示を出すと、アズコは指を鳴らした。その瞬間、辺りの空気は一気に重苦しい雰囲気に包まれた。
ユウの耳に届いたのは、異様なうめき声。数人、いや、数十人は確実にいる。全身がドロドロの状態の霊、体の各部位が不自然に巨大化した霊。普通の人間ではありず、間違いなく有効的ではないそれらが、ユウの周りを取り囲むようにどんどんと距離を縮めてくる。
「ひっ……ひぇ……」
その中の一体が、今にもユウの体に触れようとした瞬間だった。
「はいオッケー!」
六宝が大きく手を叩くと、それらは一瞬のうちに姿を消した。
完全に腰を抜かしたユウを見て、六宝は笑っている。
「つまりキミは代償として、とんでもない霊媒体質になっちゃったってわけだ」
「そ……そんなぁぁぁああああ」
「まあいいじゃん。死ぬよりはさ」
「そんな呑気な……」
幽霊嫌いを超えた幽霊嫌悪のユウにとって、この仕打ちはあまりにも酷であった。
「ちょっと待ってくださいよ。てことはそもそも僕にここで働かない理由はないってことじゃないですか?だってアズコさんの結界がなかったらあんなのがうじゃうじゃまた僕の周りに現れるってことでしょ?」
「その通り!ユウくん。キミは馬鹿で真面目だけど、カンはそこそこいいね」
「それ、褒めてないでしょ」
「あははバレた?でもね。ウチにとってもその体質は役に立つ。悪さをしようとする霊が分かれば、被害に遭う人も分かるって事だからね。要するにだ。キミが霊の被害にあってる人をここに連れてくる。僕が祓う。アズコが取り立てる。そうすれば事務所は潤い、キミは助かり借金も返せる。まさにWin-Win-Winの関係というわけだ!」
テンションが上がり、小躍りを始めた六宝とアズコを尻目に、ユウは深くため息を吐いた。
「というかそもそもこの呪いを何とかしてくださいよ」
「それは出来るけど出来ないね。呪いを解く方法は大きく分けて二つ。まず一つ、対象者が死ぬ、または消滅すること。キミ自身が呪いを引き継いだ以上、キミが死ぬまでは消えない。二つ目は、呪いの原因を断つ事。今回の場合は、この呪いを作ったやつをぶっ殺しちゃうって事だね。恐らく、キミの母さんを騙した詐欺師ってのは、僕も知ってるやつなんだけど、こいつが厄介でね。姿をくらますのが誰よりも上手い。見つけるのは簡単じゃない」
「なんでしたっけあの詐欺師の名前?確かえーっと……」
ユウは不思議な感覚に襲われた。忘れるはずもないあの詐欺師の顔が、うまく思い出せない。いや、そもそもそんな存在がいたのかどうかすらもあやふやな気分になる。思い出そうとすればするほど頭に激痛が走る。次第にユウは頭を抱えながら膝から崩れ落ちた。
「言ったろ?姿をくらますのが上手いって。あいつは人の記憶から消える。今は無理に思い出さないほうがいい。それに、どうせそのうちあいつの方からやって来るからさ。自分の呪いの効果を確かめたくってね」
六宝はユウを抱き上げると、ユウは次第に落ち着きを取り戻した。
「まっ!そういうことだからさ!明日からしっかり頼むよー!」
「えー明日から!?」
「そりゃそうでしょ。善は急げ。鉄熱いうちにあーだこーだ。その他諸々のことわざにちなんで早く動かなきゃ」
「うん。まあそれでいいです……」
ユウは後ろを振り返ると、とぼとぼと出口に向かって歩き出した。
これから起こるであろう問題に気を重くしながら。
「あっ......言うの忘れてた。高校生のうちは夕方から出勤でいいからね!」
「え?」
ユウはまさかの言葉に思わず振り返った。
「いいんですか?」
「うん。依頼を受ける時、キミの母さんに言われたんだよね。『せめて高校ぐらいは通わせてやってくれ』ってさ」
ユウの脳裏に浮かぶのは、優しかった母親の姿。
大粒の涙が溢れると共に、頬も緩んだ。
みっともなくもぐちゃぐちゃになった感情は、今まで感じたことのないほどの幸せであった。
母さんは死んでも自分のことを思ってくれている。それだけで、孤独だった日々が満たされた気がしたから。
「じゃあ、これからよろしくね。ユウくん」
「はい、頑張ります」
「じゃあ改めて。ようこそ、六宝霊能相談所へ」
ユウの六宝霊能相談所での日々は、こうして始まった。
これで第一章完結となります。
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