一件落着?
ユウはまだ目の前で起こった出来事を完全には消化しきれてはいなかった。だが、今回の事件がほぼ終わりを迎えている事は理解出来た。
腕の中にいる弟と、ずっと一緒にいる訳にもいかないだろうことも。
「これで『代償』は終わらせた。キミの弟が消滅する事はない。でも……」
「また同じ目に遭うって事ですかね?」
「おーいいカンしてるね!その通り。問題は解決したけど、キミの弟が水子なのは変わらない。このまま放っておけば間違いなくまた霊達を引きつける。だからそうなる前に成仏させてあげないといけないんだけど、これがまた厄介でね。成仏ってのは要するにこの世への恨みつらみを忘れて来世に備えることを言うんだけど、水子の場合、周りの雑魚達のせいで綺麗さっぱりな魂になりにくいんだ」
「じゃあどうやっ……って、うわっ!?」
その瞬間だった。ブレスレットがどこからともなく飛んでくると、ユウの左手首に巻きついた。
慌てて取り外そうとするユウ。だがブレスレットは、溶接されたようにビクともしない。
「んー。ちょっと見せてもらっていいかな?」
六宝はユウの手首を乱暴に扱うと、じっくりとブレスレットを眺めた。
「六宝さん。いたっ!痛いですって!」
ユウの悲痛な叫びは、六宝の耳には届く事はない。
「ふーん。やっぱり順番的にはキミの番か。それにしても、良い呪いだね。あのヘビを祓ってもまだ機能するなんて」
良い呪いな訳ないだろ。呪われてるこっちの身にもなれよ。と言いかけて、同時にユウはあることを思いついた。
ブレスレットの呪いがまだ生きているということは、願いだって叶えられるのではないか。
「危険だよ?」
六宝の声だ。ユウの考えを完全に察したような一言であったが、どこか楽観的に聞こえる。それはまるで、これからユウが選ぶであろう選択も、その結果起こることすら全てを見透かしているようであった。
ユウはブレスレットを見つめながら、静かに尋ねた。
「僕がこれに願えば、どうなりますか?」
「恐らくその願いは叶う。でも、その後どうなるかの保証は出来ない。もしかしたら、死ぬかもね」
ユウはゆっくりと、だが力強く弟を抱きしめた。弟は、少し苦しそうにしながらも、暴れる様子は無くただユウの温もりを感じていた。
「大丈夫。兄ちゃんは怖くないよ」
本心だった。今まで一人っきりで過ごしてきたユウにとって、家族のために何かが出来るという事は、それだけであらゆる恐怖を乗り越えられるだけの力が感じられた。
「僕は願う。弟を成仏させてくれ」
その瞬間、弟の体は光に包まれた。ユウの体を離れ、一人でに空へと舞い上がった。まるで初めて母親に抱き抱えられたような暖かさを放ち、幸せそうにキャッキャと声を上げている。
ユウは、溢れ出る涙をそのままに満面の笑みを見せた。
「最後まで幸せそうなやつだよほんと……また会おうね……必ず」
大きな一本の光の筋が、弟を導いている。レールに運ばれるように、弟の姿はどんどんと遠くなり、次第に見えなくなっていった。
すると、先ほどまでの暗いアメーバの中の空間はすっかり晴れ、事務所へと二人は戻っていた。
「一件落着ってところかな?」
六宝は「疲れたー」と言いながら、椅子へと腰掛けた。ユウはまだ、急に明るくなった空間に適応しきれてはいなかった。
「ということで今回の報酬なんだけど、おーいアズコちゃーん!」
「はい。六宝様。すでにこちらに」
アズコはユウの背後から突然姿を表すと、ビビって大声を上げたユウを気に求めず、続ける。
どこからか電卓を取り出し、いわゆる優秀な秘書が付けてそうな鋭い眼鏡をかけると、計算を始めた。
「基本相談料三十分につき一万五千円。今回解決までに約二時間かかったことから四倍としたいところですが、霊的相談が完全に初めてということで一時間分サービスで三万円。私アズコの結界使用料として五万六千円。六宝様が解決へ着手したということで着手金が三十万円。そして解決した報奨金として五十万円。さらにお持ち込みのブレスレットによる事務所の破損。これの修繕費が二十万円。これらの合計が百八万六千円。これに手数料を大体足して、合計が百二十万七千円になります」
「いや、高過ぎでしょ!ってか大体の手数料って何だよ!適当すぎるだろ!」
「はて?」
六宝とアズコは「当然でしょ?何言ってんの?」とばかりに首を傾けている。
あっこいつら根こそぎ行くつもりだ。ユウは即座に察した。助けてもらっといて何だが、幽霊なんて世間一般的にはあり得ないもの。どこまでいっても詐欺まがいな商売なことは間違いない。0円とは言わないが、何としてでも減額は勝ち取らなくてはならない。なぜなら、これ以上の借金は、普通にきつい。
ユウは、可能性を探った。今までの出来事を一つ一つ思い出し、何か難癖をつける可能性を。
「待ってくださいよ。そもそも電話をかけてきたのは六宝さん、あなたの方ですよ!僕から依頼をした訳じゃない。それに僕は金額の説明を受けていない。もしもこれだけ高額になると分かっていたら、依頼はしなかったかもしれないじゃないですか!」
「確かに。ごもっともなことを言うね。でもさー僕はちゃんと依頼主には説明したんだよ?高くなるよーって。でもそれでも良いからどうしてもって言うからさー」
そう言われてすぐ、ユウは考え込んだ。
そもそも六宝に依頼をしたのは誰なのか?なぜ彼は、ユウが母親のスマホを使っていることを知っていたのか?あの時は考えもつかなかったが、可能性があるとすれば……。霊は本当にいる。実際に目で見てしまったのだから否定は出来ない。だったらもう一人しかいない。
「もしかして、今回の依頼主って……母さんですか?」
「その通り!あっ、言っちゃった。一応幽霊との契約にも守秘義務はあるんだけど……相手が息子ならいいよね?」
そう言って六宝はアズコに目を向けるが、アズコは自分は関係ないとばかりに目を背けた。六宝は冷や汗を掻きながら「とまあ大丈夫そうと言うことで……」とユウの方を見直すと、続けた。
「幽霊じゃお金は払えないからね。生きてる人に請求させてもらいますよって話。あっでも悪いけどキミは母さんには会えないよ?条件として先に成仏してもらったから。現世に残ってても面倒なことになる可能性が高いからね。今頃はキミの弟でも抱っこしてるんじゃないかな?」
「……そうですか。分かりました」
適当な物言いではあるが、六宝は嘘は言っていない。それだけはユウにも理解できた。何より母親しか知り得ない情報を知っていた。疑う余地など残されていなかった。
「払いますよー……払えばいいんでしょ、払えば!!!!......せめて分割にしてください」
ネジ工場の勤務時間を増やして何とかやり繰りするしかない。ユウは完全に絶望していた。
「ふふふ。だろうと思った。そんなとてつもなくどうしようもなく貧乏なユウくんに、耳寄りな話をしてあげよう!」
「いや、言い過ぎでしょ……って何ですか?これ以上はもう……」
「ウチで働かないかい?」
「はぇ?」