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最強のいる霊能相談所  作者: 4N2
第一章 首吊りカウントダウン
5/8

突入

 黒い何かは、先端をスライムの様に不規則に伸び縮みさせながら、ユウの体に少しずつ迫ってきていた。よく見ると、中は空洞のようになっていて、どこまで深い闇が続いている。


 触れたら取り込まれてしまいそうな程の重圧を感じ、ユウはその場に留まっていた。


 「こんな悪霊になっちゃうなんて、かわいそうに」


 こんな状況だというのにユウの中には、不思議と恐怖は無かった。ただ、胸の奥に小さな温もりのようなものだけがあった。それが弟への愛情なのか、それとも度重なる異常体験による慣れなのか、ユウ自身にも分からなかった。


 六宝は立ち上がると、ユウの隣に並び立った。


 「善だ悪だと語るのは、生きてる者だけだよ。肉体を離れてそこにあるのはいつも、純粋な魂だけだ」


 「純粋な魂……。そうですね。僕の弟が、悪い子なはずがない」


 ユウは大きく息を吸い込むと、小さく数回、自分に言い聞かせるように、頷いた。


 「覚悟はいいね?」


 「ん?まあ……はい。でも、ここから何するんですか?」


 「幸い、アズコの結界のお陰で、キミの弟を取り巻いていた雑魚達はもういない。後はこの黒いアメーバだけ。こいつに取り込まれる前に弟を見つければキミの勝ち。出来なければ、今までありがとう。キミとのたくさんの思い出は忘れない」


 「まだ会って十分も経ってないでしょうが!」

 

 「ははは。やっぱりキミは真面目だねー」


 そういうと、六宝はユウを片手で軽々と持ち上げた。


 62kgはあるユウを赤子同然に扱うその姿は、六宝の細身の体からは想像もつかなかった。


 「えっ……ちょっ、まっ……これってもしかして……」


 ユウはこれから起こることを、六宝の視線と、その腕の動きで悟った。


 間違いなく六宝の目線はアメーバにある。


 「そう。そのまさかさ。じゃあ、アメーバの体内旅行に一名様、ごあんなーーーーい!!!!」


 六宝は、大きく振りかぶると、槍投げの要領で、アメーバに向かってユウを思いっきり投げつけた。


 「ぎぃゃゃゃあああああ!!!!!」

 

 ユウはスピードに乗った。まるで高速道路を生身で走っているかのように、生身で風圧を切り裂く。

 

 骨が震える。目なんて、とても開けていられない。全身の皮膚は、ジェットコースターにしがみつく乗客のように、必死にユウの体に張りついていた。

 

 抗う術もなく、ユウは、アメーバの真ん中へと文字通り、突入した。


 ものすごい勢いで何か柔らかい膜を突き破った瞬間、音が吸い込まれた。


 胎動のようなぬめった音が、粘膜の壁越しに響いてくる。足元は柔らかく沈み、内側には赤と青の光が管のように流れている。それはまるで、生き物の中に迷い込んだようだった。


 飛び込んだユウを、無数に伸びたアメーバの先端が狙っている。


 「どこだ?どこにいる?」


 ユウは辺りを見回すが、弟らしきものは見つからない。


 あれだけあった勢いも、完全に落ち着いた。

 

 ユウは地面に不恰好に着地すると、慌てて走り出した。

 

 少しでも緩めると、捕らえられてしまう。


 バイト三昧のユウにとって、運動など得意なわけはない。すぐに脇腹は酸素不足に陥り、痛みを迎えた。


 それでも走るしかなかった。このいつまで続くかも分からない闇の中で、ただ闇雲に。


 母さんが死んだ時、手を伸ばしていれば弟は助かったかもしれない。自分が絶望などせず、心を閉ざすことなどせず、手を伸ばしていれば……。そう思うと、歩みを止めることなどできるはずもなかった。


 「もうすぐ会えるね」


 声が聞こえた。


 間違いなく、これは十年前のユウ自身の声だ。


 母さんのお腹の中に語りかける、ユウの声。


 ここがまだ、生まれる前の弟の世界なのだとしたら、そこに弟はいるはずだ。


 ユウは声の聞こえる方に向かった。


 すると、道はどんどん細く、狭くなっていく。天井は低く、壁がじわじわとせり出す。


「会ってどうする……今さら……」

「何ができる?……お前に……」

「消えろ……消えろ……」


 アズコの結界内で聞いたのと同じ声。だが、ユウに恐怖は無かった。


 「お前ら怖いんだろ?そうだよな?僕が弟に会えば、一緒に自分も消えちゃうかもしれないもんな?でも安心しな。弟は消えないから……。

 

 ていうか、幽霊だろうとなんだろうと、兄弟の問題に他人がぞろぞろ首突っ込んで来てんじゃねえよ!!!!」


 閉ざされようとする道から、無理やり体をねじ込み、ユウはギリギリ飛び出した。

 

 息も絶え絶えに周りを見渡すと、薄い赤色の壁が、脈のように唸っていた。


 正面は、壊れたモニターのように、薄ら明かりだけが見えている。そしてその向こう側から、


 「もうすぐ会えるね」


 という言葉が何度も何度もリピートされている。それはまるで、遠い記憶を繰り返す古い録音テープのようだった。


 ユウは、ぼんやりと明滅めいめつする明かりの方へと、一歩ずつ足を進めた。


 足元はぬめり、沈み込むたびに微かに潮と鉄の匂いが立ちのぼった。

呼吸するたび、空気も湿っていた。


 明かりに近づくにつれて、何かが聴こえてきた。


 ――心音。


 それは明かりに照らされた場所から、確かに聞こえていた。まるで何かの心臓が、ゆっくりと、しかし確実に拍動しているような音。


 「そこにいるんだね」

 

 ユウは真っ直ぐにそこへ向かうと、しゃがみ込んだ。


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「もうすぐ会えるね」


 「大丈夫。僕たちはもう、会えたから」


 ユウはそっと、両腕を伸ばした。


 抱き上げたのは、小さな影。


 へその緒のようなものが、どこかと繋がっている。透明で、脆くて、でも確かにあたたかさを感じる。


 それは、少しずつ人の形を成していく。


 ひと目見て分かる。それが自分の弟だと。


 写真で見た赤ちゃんの頃の自分と、そっくりだったから。


 弟は、精一杯ユウに向かって手を伸ばすと、そっと頬を撫でた。特大の笑みを見せると、まだ不慣れな声で笑っている。


 「こっちは大変な目にあったっていうのに。よく笑えるよ」

 

 ユウは弟を胸に抱きしめた。


 小さな背中から、ぽかぽかとした温もりが伝わってくる。


 それだけで、ユウの十年間の寂しさを溶かすには充分であった。

 

 これで願いは叶った。


 しかし、ユウにはまだやるべきことがあった。


 強すぎる力で願いを叶えた後の代償。


 母さんは弟を授かることにより、自ら命を絶つことになった。


 今考えても、理不尽極まりない。


 だったら今回の代償も、それ相応に納得のいかないことが起こるに違いない。


 そしてその予感は的中した。


 明かりの向こう側から、ぬるりと何かが這い出した。


 壁を突き破り、赤黒い液体を引きずりながら、現れた白く長い影は、まるで生まれたばかりのような未成熟さと、古代から這い出たような禍々しさを併せ持っていた。

 

 巨大な白蛇。しかしその白さは清浄とは程遠いものであった。

 ぬめりを帯びた鱗はところどころひび割れ、内側からは青白い光が透けている。

 蛇の瞳は、人の顔に似た表情を浮かべており、何千もの悲鳴がその目に宿っているようだった。

 口を開けば、何本もの鋭い歯を見せ、言葉のようなうめきが漏れ出し、空気を震わせる。

 

 ユウは弟を強く抱きしめた。


 「なーにが守護霊だよ。二回も弟を殺されてたまるか!」


 威勢よく啖呵を切ったユウではあったが、出来ることはたった一つ。


 「よし、逃げる!六宝さん!約束通り、なんとかしてくださいよ!」


 ユウは背を向け走り出した。


 だが、先程入ってきた道は既に完全に壁に阻まれていた。


 後ろからは、シャーっと音を立てながら、白蛇がユウに向かって動き出している。

 

 こんな状況でも楽しそうに笑う無邪気な弟に向かって、ユウはため息を吐いた。


 「ほんと呑気だね……兄ちゃんはとんでもなく大ピンチだよ」

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