六宝からの電話
次の日、ユウは家に戻らず、なけなしのお金を使って、隣駅のホテルに泊まった。
家で寝てあんなことが起こるなら、別の場所で寝ればいい。 そう思っての行動だったが、結果は最悪。
眠りについたユウはいつもの様に金縛りに襲われ、目を開けるとそこは自宅であった。
なんで?なんで?
そして朝を迎えた。ホテルではなく、自宅で。
ユウは頭を抱えた。
今自分に何が起こっているのかは分からない。
でも、ホテルで眠ったはずの自分が家で目覚めている以上、もう悪夢だというだけでは説明はつけられない。
というかホテル代返せよ。
そう思うぐらいにはまだ冷静ではあったが、日々起こるこの現象は、少しずつユウの体力と気力を奪っていった。
二週間が経った頃には眠ること自体が怖くなって行き、目の下にはずっしりとクマが出来始めた。
三週間目には、体は完全に起き上がっている状態で、もう少しで縄に体が触れる所まで来た。
自分の母親と同じように死ぬ。
もしかしたら、これは恵美の呪いなのではないかとすら考えていた。
「もうすぐ会えるね」
この言葉の意味も、恵美の言葉だったのなら少しは納得がいく。母親以外にユウに会いたがる人間などいないのだから。
ユウにも、母にもう一度会いたいという気持ちがないわけではなかった。けれど今、縄に導かれるように死ぬことだけは、決して受け入れられなかった。
だが、五歳からずっと霊能だなんだを憎んできたユウにとって、実の母親の仕業だとしても、こんな呪いだか悪霊だかのせいで死ぬなんて事はまっぴらごめんだった。
それに何より、まだあの詐欺師をぶん殴っていない。
死ねない理由なんてこれぐらいで充分だろう。
だとすればやることは一つ。
必ず生き延びる。
ユウは思いつく限りの方法を試し始めた。
ちょっと高い塩を用意して枕元に置いてみたり
陽気な音楽を掛けて眠ってみたり
お経をひたすら唱えてみたり
体にそれっぽい漢字を書いてみたりしてみたが、全く効果は得られなかった。
次にユウはアテを探した。この状況をどうにかできるアテだ。
しかし、ネットで検索しても、どれだけ街を練り歩いても、出くわすのは胡散臭い輩ばかり。
時間ばかりがイタズラにすぎ、さらに一週間が経った頃、縄の輪っかを、ユウの首が完全に通った。
ストンと行けば、簡単に死ぬだろう。もう一刻の猶予もない。
もしかしたら今日にでも……。
どうにもならない状況を受け入れるしかないと、ユウは半分覚悟していた。それ程までに、体力は限界だったから。
そんな朝、ユウのスマホに着信が鳴った。
見たことのない電話番号からだった。
もうなんでもいい。
ほとんど頭も回っていない中、電話を取った。
「あーもしもし。瀬世良木君ですかー?」
ひどく呑気な声だ。
「そうですけど。あなた誰ですか?」
「僕は久我 六宝。ねえねえ君さ。生きたい?それともこのまま死にたい?」
間違いなく変な奴からの電話だ。
新手の詐欺に違いない。
無視して切ろう。
電源ボタンに手をかけた。だが、電話の主の次の言葉でその手は止まった。
「あーあ。やっぱりいつまでも親のスマホを使ってるガキなんて、自分じゃ何も決められないかー」
どうしてこの男はそんな事を知ってる。
もちろん誰にも話したことなどない。
ユウはもう一度電話口を耳に当てた。
「あなたは、何者ですか?」
「僕はただのすっごく強い霊能師さ」
「なんで僕の事、そこまで知ってるんですか?」
「それは守秘義務があるから言えないね。で、そろそろ答えてよ。生きたいの?死にたいの?ちなみに僕の予想では、君は今夜間違いなく死ぬよ」
いきなりの死刑宣告に、鳥肌が立つほどの恐怖がユウを包む。
ユウは、唇を震わせた。
「僕は……い……生きたいです。でも、一体どうすれば?」
「よーし。じゃあ依頼完了だね。すぐに僕の所においで。住所は送っとくから。あっ、あとブレスレットも持ってきてね」
「え……あっ……はい。あの……」
電話は既に切られていた。
数秒後、ショートメールに住所が送られた。
行き先は六宝霊能相談所。
疑わしい、というよりも理解のできない事だらけ。
それにこの六宝という男はユウの嫌いな霊能師。
騙されてる可能性は大いにある。
しかし、幸いと言っていいのか、取られて困る程のお金は無い。
六宝の言っている事が事実で、どうせ今日死ぬぐらいなら、泥舟だろうと乗らない理由はない。
ユウはすぐに、指定の場所に向かった。