表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第3話 勇者の最期 前編

 



「……なっ!?」


 目の前に立つ女からは、異様な気配が溢れ出ていた。

 真紅の髪に金色の瞳、血を浴びたような黒のローブ。

 ただそこに立っているだけなのに、世界そのものが彼女を中心に歪んでいるようにすら感じられる。


(なんだこいつは……!?)


 不気味というには軽すぎる光景に喉が、乾いた音を立てた。

 魔力を探るまでもない、これは常軌を逸した存在。

 人でも、魔物でも、これまで剣を振るってきたどんな敵とも異質だ。


「お前……なにものだ!?」


 女は答えない。

 ただ無言のまま、焚き火の揺らめく灯りに照らされながらノアを見据えていた。


 そして……黄金の瞳が細められる。その刹那、全身におぞましい悪寒がノアの背に走った。

 まるで心臓を掴まれ、呼吸を許さぬと言わんばかりの圧迫感。

 それに耐え切れず、気づけばノアの身体は勝手に動いていた。


 理屈ではなく、生存本能が命じた一撃の名は……『瞬神タキオン


 この広いリアゼルで、ノアだけが持つ固有スキル。

 三十パーセント程度の解放よって音速を超え、最大出力時は光すらも超越する。

 

 火の粉が宙で静止し、木々の影が止まった絵画のように張りつく。

 世界の時が止まったかのように見える中で、ノアだけが閃光となる。


 まさしく世界最速の一振りが……女の首に迫った。


 ――キンッ! 


 乾いた金属音が響く。

 そして、ノアは自分の目を疑った。 


 女の首を落とすはずの刃は、女の首元の二、三センチで止まっていた。

 人類最速の一太刀、その切っ先は女の白く細い指先に摘まれている。

 それも、刃と首の間に手を割り込ませたのではなく、剣の太刀筋を外側から追うように……まるで羽虫を摘まむかのような仕草で、あっさりと。


「なっ……!?」


 理解ができなかった。

 不意をつき、音速を越えた一撃がたった指二本で無力化されてしまったのだから。

 

(こいつ……化け物だ……!)

 

 直感は正しかった。

 剣は女に摘まれたまま、ピクリとも動かない。いや、動かせない。

 まるで巨大な岩に突き刺さったのかと錯覚してしまうほどに。


 そして女が摘まんだ指を離すと、自由になった剣をノアは素早く引き戻す。

 土を蹴って体勢を立て直し、再び構えを取った。


「くそっ!」

 

 ノアはもう一度全身に力を込め、再び瞬神タキオンを発動させた。


 先程よりも出力を上げた踏み込みは、地を爆ぜるような衝撃を生む。

 足元の土が抉れ、焚き火の炎が揺らぎ、空間そのものが揺れるような錯覚の中、世界でも指折りの名刀の美しき刃は今度こそ女の首を刎ねる……そのはずだった。

 

 バキィッ!!


 甲高く響いた破砕音と共に、ノアの手から手応えが消える。同時に世界最速の衝撃にも耐える名刀は根本から粉々に砕け散り、無数の破片となって宙を舞っていた。

 赤々と燃える焚き火の光を受け、鋼の欠片は煌めきながら落ちていく。

 ノアの手には残った柄だけが握られていた。


「……う、うそ……だろ……?」


 信じがたい状況に、ノアはただ呆然と立っていることしか出来なかった。

 魔王軍幹部すら両断してきた名刀が、まるで飴細工のように砕かれたのだから。


 ――勝てない。


 その言葉が脳裏を過った瞬間、ノアは次の行動に出た。


「三人とも、逃げろ!」


 女からは目を逸らさず、ノアは背後の仲間達へ叫んだ。


 目の前にいるのは常識を超えた化け物。正直言ってノア達が束になっても、勝てる見込みは限りなく低い。

 ならば、まずは三人をこの場から逃し、自分は後から瞬神タキオンで追いつけば良い。


 しかし、張り詰めた空気の中、ノアは違和感を覚えた。

 自分の背後にいる仲間達の声が聞こえないのだ……この女と対峙してから、一度も。


「皆何してるんだよ! はや――」

 

 言葉の途中でノアは、背後からドッと衝撃を感じた。


「……え?」


 焼けるような痛みと熱が、背中から胸へと貫く。

 混乱したノアは思わず後ろを振り向いた。


「……どうして……?」

 

 敵は目の前の女のはず……そう理解しているのに、現実が噛み合わない。

 徐々に痛みは鋭さを増し、呼吸が苦しくなっていく。

 それでも頭の中には疑問だけが渦を巻いていた。


(どうして? なんでだよ……?)


 いつも支えてくれた高貴な香りがノアの鼻腔を擽る。


――振り返ったノアの目に映ったのは、震えひとつない手でノアの背中にナイフを突き刺す、アリビアの姿だった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ