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第5話 歪な笑顔


「……ぬくい……」

 

 食堂のテーブルの上では濃緑のワンピースに着替えたラビエナが、小さな体に合わせた毛布にくるまり、湯気の立つホットミルクの入った木の実の殻にそっと顔を寄せた。


「……生き返る〜」

 

 テーブルの上で幸せそうに頬をゆるませるラビエナ。

 しかし、彼女を挟んで、向かい合って座るノアとフィアはそうはいかない。

 先ほどの事故の余韻が残っているせいで、二人ともどこか落ち着かない様子だ。

 フィアの方は、いまだ顔を赤らめたままテーブルの木目だけを全力で見つめている。


「なぁ、フィア?」


 ノアが切り出すと、フィアの肩がびくっと跳ねた。


「な、なに!?」

「大丈夫か? さっきのでどこか痛めてたりしないか?」

「い、痛くないよ! 全然! 大丈夫だから!」

 


 その口調は、今にも噛みそうなほどの早口だった。そして声もうわずっている。


 明らかに大丈夫じゃない方の反応だ。


「さっきはごめんな! ちゃんと支えてあげられなくて」

「ううん! 私こそごめんね! 気持ち悪かったよね……」

「そんなことない! 俺はなにも気にしてないぞ!」

「そ、そっか……気持ち悪がられてないなら、良かった」


 フィアの強張っていた表情が、少し緩む。

 そもそもこんなことになったのは、ノア達のせいだ。

 

(フィアのご機嫌をとって、相談を持ちかけるはずだったが……こうなれば、もう腹をくくるしかないか)


 ノアは深く息を吸って、姿勢を正した。


「フィア」

「な、なに?」

「話があるんだ」

「話?」


 フィアは首を傾げる。まだ頬にうっすらと赤みを残した彼女に、ノアは胸の奥に小さな罪悪感が刺さるのを感じた。

 これから口にするのは、彼女が絶対に嫌がる言葉だからだ。


「……実は、冒険者に戻ろうと思う」

「……え……?」


 雪のような白い肌の顔が再び強張る。しかし、先程のそれとはまったく違う種類の強張りだ。


「本当に……?」

「あぁ。本気だ」


 フィアの肩がかすかに震える。明らかにショックを受けた彼女にノアは静かに唾を飲み込む。

 その二人の間のラビエナは口を挟まず、静かに湯気越しに二人を見守っていた。


「……どうして? 駄目だよ……」

「フィアが反対なのはわかってる。でも、このままじゃ俺はフィアの世話になり続けてしまう」

「いいよ! 前も言ったけど、ノアは気にしなくていいんだよ! ずっとここにいてよ!」


 赤い瞳が潤み、揺れる。

 その必死さが胸に刺さり、ノアの心も一瞬だけ揺れた。

 それでも、引くわけにはいかないのだ。


「フィア、約束する。冒険者になっても、俺はここに帰ってくるよ」

「でも……クエスト先でノアになにがあったら? 私、怖いよ……」

 

 その姿は、今にも泣き出しそうな子どものよう。

 ノアの胸を締めつけるには十分だ。


 だからこそ、ノアはフィアの赤い瞳をまっすぐに見つめ続けた。


「……フィア。俺は絶対に帰ってくる。どんな依頼でも、どんな敵でも……俺が必ず帰る場所はここだ。フィアのところだ」

「……ノア……」

「無茶しない。約束する」

「……」

 

 フィアは胸元に握った拳を押し付けたまま、俯いた。


「……ほんとに?」

「あぁ、何度でも言う。絶対に帰る。フィアがいる場所に、絶対に」

「ほんとに……ほんとに帰ってくる?」

「誓うよ」


 ノアの言葉の後には、暫しの静寂が訪れた。

 フィアは目をぎゅっと瞑り、まるで自分自身を説得するように深く息を吐く。

 そして、その赤い瞳に再びノアを映した。


「……わかった……」


 壊れやすい硝子のような言葉と共にフィアは笑みを浮かべる。

 しかし、それは必死に口角を引き攣らせただけで歪で、納得した素振りなど、どこにもない。

 それでも彼女は堪えるように続けた。


「……じゃあ、約束して?」


 フィアはここで一度、 不安を押し込めるように肩を上下させた。 


「私を……もう一人にしないで……」


 絞り出された言葉に、ノアは僅かに口角を上げた。


「――あぁ、約束だ」

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