第3話 どうするべきか
数日後。
宿屋の自室でベッドに腰掛けたノアは、腕を組み、ある一点を見つめていた。
(……どうする)
視線の先には、先日レーニアから渡されたギルドへの推薦状が机の上に広げられている。
王家の捺印は薄い陽光を浴びて僅かに輝いていた。
これをギルドへ持っていけば、冒険者として再び世に立てる。使わなければ最低限の仕事で日銭を稼ぎ、この宿でフィアの世話になり続けるだけだ。
(もちろん、使った方がいい。一日八秒しか戦えないとはいえ、ある程度のクエストはこなせるし、生活には困らないほどの稼ぎになる)
推薦状に手を伸ばす。
しかし、途中で止まる。
脳裏には彼女の顔が浮かぶ。
「……やっぱり反対するよなぁ……」
うなだれて黒髪の頭を掻く。
すると、ノアの肩にラビエナがちょこんと腰を下ろした。
「まだ迷ってるの?」
「迷ってるというか……どうしたらフィアが納得してくれるか模索中って感じだな」
「そっか。フィア、その推薦状を見るたび露骨に嫌な顔するもんね」
「そうなんだよ。かといって、フィアの気持ちを邪険にするわけにはいかないだろ?」
忘れてはならないのは、フィアはノアとラビエナにとって恩人だということだ。
彼女の意思を無視することはできない。それにノアは一度、「冒険者には戻らない」と彼女に伝えてしまっている。
「ラビはどうしたらいいと思う?」
「どっちでも。ノアと一緒なら問題ないし」
あっけらかんと言ったラビは、ノアの肩の上で足をぶらぶらとさせる。
今の言葉は契約に関することなのか、それとも別の意味が込められているのか、この場で追求する余裕はなかった。
「フィアをどうやって説得するか……だよな」
ラビエナは「そうね」と言って、ふわりと飛びたち、推薦状の上に降り立った。
「それもそれで骨が折れそうね。あの子、可愛い顔して頑固だから……特にノアのことには」
ラビエナは金色の瞳を細め、いたずらっぽく口元をゆがめた。その声音にはどこか面白がっているような響きがある。
「あの子、ノアのことになると理屈通じないじゃない。あれはもう庇護欲を通り越して、執着の域よ」
「そこまでか?、」
「呆れた。自覚ないの? まぁでも、良かったじゃない。あんな可愛い子にそこまで想ってもらえて」
「やめてくれ……そんな気分にはなれねぇよ」
静かに、けれどどこか苦々しい声音でノアが言った。
ラビエナはその表情を見て、ふと笑みを止める。
「……まだあの青髪のプリーストに未練があるの?」
「……自分でもよくわからないんだ。あいつが憎いとも思えないし、また会いたいとも思わない。この感情が未練だと言うのなら、そうなんだろうな」
「なにそれ」
「俺が聞きたいくらいだよ。とにかく、恋だとか愛だとか……当分は勘弁だな」
そう言って天井を見上げたノアの表情は特に悲しみに歪んでいるわけでも、なにかを堪えるように口元をきゅっと結んでいるわけでもない。
普段と変わらない、いつもの顔だ。
「……ノアは優しいんだね」
「はぁ? なんでそうなる?」
ノアは視線を天井からラビエナに戻す。
彼女は「なんとなく」と言って、再び浮かび上がった。
「私はノアを裏切らないよ。だから、信用してほしいな」
「何言ってんだよ? ラビは別だろ? これからずっと一緒なんだし」
その言葉を聞いたラビエナは一瞬ぽかんとしたあと、にんまりと口角を上げた。
「……えへへ……」
彼女は再び肩の上に腰を下ろすと両手をぎゅっと握り、嬉しさを隠しきれない様子で足をぶらぶらさせる。
まるで好きな絵本を買ってもらった子供のようなその仕草に、ノアの口角も緩んだ。
「ほら、それじゃあフィアを説得するための作戦会議を始めるぞ」
「半裸のノアを見せて、フィアの理性を吹っ飛ばすってのはどう?」
「お前なぁ……」




