第2話 棚から牡丹餅
目の前のプリースト、レーニアはノアを見てクスッと笑みを浮かべた。
「私のこと、覚えてます?」
「……なんのことですか?」
ノアは咄嗟にしらを切った。
レーニアはオリウス王国が誇る最上位ランクパーティー「天を統べる翼」の一員であると共に、王家に仕える回復魔法のスペシャリスト。元々同ランクのノアとは顔見知りの仲ではある。しかし、素性を隠しているノアがここで「はいそうです」と首を縦に振ることはできない。
「あらそう……知り合いのプリーストのパーティーにあなたとよく似た人がいたからつい……」
レーニアが言った知り合いのプリースト。
それは――アリビアだ。
あの青髪を思い出すだけでも、いまだの胸がざわつく。それを誤魔化すようにノアは口を開いた。
「高貴なプリースト様が国の兵連れて何の用ですか?」
「これは失礼しました。結論から申し上げますと、あなたをスカウトしにきました」
右手に長杖を握っていたレーニアは空いた左手を一人の兵士の前へ差し出す。
兵士は即座に丸められた一枚の紙を手渡し、レーニアはすぐに開いて目を通し始めた。
「ご存知かもしれませんが、この国は昨今、冒険者不足に悩まされてます。そこで先のあなたの活躍を聞きつけ、ここに来たというところです」
「冒険者ですか……」
「調べたところ、ギルドにはあなたの情報はありませんでした。これを機に冒険者になりませんか? もちろん、私達はあなたに支援しますよ」
眺めていた紙を兵士に返したレーニアは、別の紙を受け取る。今度は目を通すことはせず、そのままノアへ差し出した。
「ギルドへの推薦状です。これがあれば無条件かつ、試験をパスして冒険者登録が可能ですよ。まぁ、あなたレベルの実力者なら紙切れと変わらないでしょうけど」
差し出された紙には確かにギルドへの登録を推薦する文言が記されている。
偽物では無い、王家の刻印が押されているのが証拠だ。
正直言って、またとないチャンスだ。
冒険者になるためには適合試験を通る必要がある。
多少戦えるようにあったとはいえ、一日八秒しかリセルを扱えないノアでは一次選考での脱落が関の山。
故に断る理由は無い。
ノアが推薦状を受け取った。
「なるか、ならないかは別として……まずはお礼を言わせていただきます」
「ゆっくりとお考えになって? 冒険者は常に危険と隣り合わせ。しかしサイクロプスを一撃で屠るその力があれば、生活に困らない稼ぎにもなりますし、遠くない未来に三番街以上への転居も可能です」
彼女の提案は正直言って、棚から牡丹餅だ。
冒険者として名を上げれば、オリウス王国で上級国民の証と言ってもいい三番街以上への永住権も手に入る。
しかし、この場で返事をすることはできない。
なぜならノアの服を背後からぎゅっと掴み、「行かないで」と言わんばかりに引っ張る彼女がいるからだ。
「……フィア?」
振り返る。ノアの服を掴む手の主はむくれた顔のフィアだった。
「むー」
「フィア?」
「やっ!」
そう言いながらフィアは頬をぷくっと膨らませながら、ぶんぶんと顔を横に振った。まるで「絶対ダメ!」と全身で主張しているようだ。
「冒険者になる必要なんてないよ!」
「フィア、そうは言ってもだな……」
「いいの! 冒険者には戻らないって約束した!」
フィアはノアの服の裾をさらにぎゅうっと握りしめる。
普段穏やかな彼女だが、今はだだをこねる子供のようだ。
「フィ、フィア!?」
見たことのないフィアの様子にラビエナガ驚きの声を上げる。
ただ、幼馴染であるノアにはとっては今のフィアは知らない彼女ではない。彼女は時折、今みたいに子供じみた反応をすることがある。
「ふふ、これじゃ私が悪者ね。それじゃあ……」
くすっと笑ったのはレーニアだ。
すると彼女は歩き出し、フィアのそばに立つと彼女へ手を掲げた。
「治療魔法」
短い詠唱の後、レーニアの掌から暖かな光が現れる。
同時にフィアの体も同じ光に包まれた。
レーニアが唱えたのは回復系で基礎となる魔法。
しかし、使い手によって効果は大きく変わる。駆け出しプリーストが使えば擦り傷を治す程度だが、レーニアのような最上級のプリーストが使えば効果も絶大だ。
「……へぇ」
何かに気が付いたようにレーニアは、意味深に口角を上げる。
ほどなくして、フィアを包んだ暖かな光は消え、レーニアは掲げていた手を下げた。
「え……え!?」
驚いた様子のフィアは折れて動かないはずの左腕をひょいっと肩より高く上げた。
「な、治ってる……」
「ふふ、私にはこれくらいなんて事ありません。普段なら私の治療は最低でも百万ノーツからですが……これはサービスです」
そう言ったレーニアの視線はノアを捉えていた。そこに込められたメッセージは難解なものではない。「友人は助けてやった。だから今度はそっちの番だ」ということだろう。
「あ、ありがとうございます……」
フィアが素直に礼を告げと、レーニアは振り向いて出口の方へと足を進めた。
「礼なら彼に言いなさい。それにとても面白い発見もあったわ……たまにはこうやって下町に出てくるのも悪く無いわね」
レーニアは扉の前で立ち止まり、ノア達を振り向いた。
「さて、このくらいでお暇しましょうか。その推薦状の使い道はあなたに任せます……それでは」
上品な一礼の後、レーニアは連れていた兵士達と共に病室を後にした。




