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第1話 四日後


 騒動から四日後の七番街診療所を訪れたノアは、ラビエナを肩に乗せたままとある病室のドアを二回叩いた。


 扉の向こうから「どうぞ」と柔らかな声が聞こえる。ノアは静かにドアノブを回し、きしむ音を立てながら扉を開けた。

 薄いカーテン越しに差し込む光が、室内を淡く照らしている。

 窓際のベッドに腰かけていたのはフィア。頭と左の手足に包帯を巻いていた彼女はノアを見た途端に、顔をぱぁっと明るくさせた。

 

「ノア!」

「フィア、怪我の具合は!?」


 ノアがフィアのベッドの横に置かれていた椅子に腰掛けると、フィアは右手で包帯が巻かれた左腕をそっと撫でた。

 

「痛みはほとんどないよ……あと数日で退院できるみたい」

「そうか……ならよかった……」


 ノアがほっと息を吐くと、肩に乗っていたラビエナがふわりと浮かび、フィアのもとまで飛んだ。


「フィア! 退院しても無理しないでね! 掃除や洗濯とか、私も手伝うから!」

「ありがと、ラビ。でも、二人も無理しないでね」

 

 そう言って微笑んだフィアは、ふとノアの顔を見つめたまま、動きを止めた。


「それにしてもノア、どうして髪の毛黒くなっちゃったの?」

「あぁ……これか?」


 黒くなった前髪を摘む。こうなった理由をフィアにはまだ伝えてなかった。


「ノア……フィアには伝えちゃ駄目かな?」


 ラビエナの言うとおり、フィアには伝えるべきだ。

 自分達を二度も救ってくれた恩人に何も説明しないわけにはいかないだろう。


「フィア……聞いてくれるか?」

「……うん、聞かせて」


 フィアのすぐそばの椅子に腰掛けると、深呼吸を1つした。


「実は俺……訳があって、もう戦える体じゃないんだ」

  

 語り始めたノアの肩にラビエナが腰を下ろす。彼女は何か思うことがあるのか、顔を伏せた。


「サイクロプスの時も、俺は何もできずにいた。でもラビが戦えない俺に力を与えてくれたんだ」

「ラビが?」


 フィアがラビエナを見つめる。ラビエナは口を閉ざしたまま、しばらく視線を落としていたが、やがて小さく息を吐いた。


「私、こう見えてそんじょそこらの魔族とは訳が違うの。あの時、サイクロプスを倒すには私の力をノアに譲渡するしかなかった。でも、その代わりにノアは私と契約したんだ。ノアの髪が黒くなったのも、そのせい」

「で、でも仕方のないことだったんだよね? ラビがそこまで落ち込むことないよ!」

「そうは言っても、あなたが大切に想っていたノアの魂は私と同化した。今のノアは半分魔族なの」

「……魔族……」


 フィアはそう呟いて、ノアを見つめた。赤い瞳が僅かに揺れている。

 人類と魔族は相容れない存在。それがこの世界の常識、ノアとラビの関係が稀なのだ。

 

「ごめんね……やっぱり魔族が近くにいるなんて嫌だよね」


 ラビエナが再び俯く。そして束の間の静寂の後、フィアは再び口を開いた。


「……ううん。ラビなら大丈夫」

「……え?」

「だってラビは自分を犠牲にしてでもノアを守ろうとしてくれたじゃない。私、魔族は怖いけどラビは好きだよ」


 フィアはにこりと微笑んだ。

 

「フィ、フィア~」


 金色の瞳に涙を溜めたラビエナはフィアの頬に抱きつく。その光景にノアもホッと胸を撫で下ろした。

 もしラビエナを拒絶されれば、フィアとはこの場でお別れだったからだ。


「ということはノアは、ラビのおかげで前みたいにいつでも戦えるってこと?」


 フィアの問いにノアは後頭部を掻いた。

 

「え、えーと……それがそういうわけでもないんだ。確かに前みたいに瞬神は使えるけど、前ほど出力も上がらないし何より俺が戦えるのは――」


 ノアが以前のように戦えるのはあの不気味な仮面を被っている時だけだ。後に仮面はノアの意思で発現できることがわかった。しかし、その持続時間は――


「八秒なんだ」

「は、八秒!? あっという間じゃない!」

「まぁそれでも何もできなかった前よりマシだよ」


 そうは言ったものの、フィアの顔には「たった八秒で何ができるの?」と書かれていた。まぁその通りだ。


「どちらにせよ、前みたいに表舞台に出るつもりはないよ」


 ノアがそう言った時だった。

 突如病室の扉がバンッ! と勢い良く開かれ、数人の兵士が部屋になだれ込んできた。


「そこの黒い髪! 先のサイクロプスを倒したのはお前か!?」


 一人の兵士が強い圧でノアに問い出す。しかしノアはすぐに首を縦には振らない。

 理由は主に二つ、一つは死んだ筈の自分の存在が明るみになれば、またドラミホール達に狙われるかもしれないから。

 二つ目は、装備の胸元に王家の印が刻まれた彼らは国直属の兵士。経験上関われば碌なことが無いことを知っていた。故にこの場での答えはNOが正解なのだ。


「えーと……なんのことでしょ……」

「その通りだよ!」


 口を挟んだのはラビエナだった。


「おい! 馬鹿っ!」


 ノアが慌ててラビエナの口を塞ぐ。しかし遅かった。


「そうですか……あなたがサイクロプスを」

 

 兵士達の後ろから、一人の女性プリーストが現れた。


 腰丈のブロンド髪に青色の瞳、身に纏う白を基調とした装備は常人が一生働いても手に入らない最高位クラスのものばかりだ。

 極め付きに一目見れば忘れられないであろう、美貌を持ち合わせた彼女は、実はノアにとって初対面の相手ではなかった。


「レーニア・ワシム・ヴィラールと申します。初めまして……じゃないわよね?」

 

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