第28話 取り戻した感覚
「よくも……よくもおおおおぉッ!」
叫びと同時に地を蹴る。
気がつけばノアは振れもしない剣で、サイクロプスに切りかかっていた。
感情に任せた行動。
この場で最も愚かな行為だ。
「あああああああッ!」
喉が裂ける程の叫びと共に剣を振り上げる。
一方サイクロプスはノアの攻撃に身構えることはせず、「やれるものならやってみろ」と言わんばかりの余裕を見せている。
「このやろおぉッ!」
丸太のような太腿目掛けて剣が振り下ろされた。
ガキィンッ!
響いたのは肉を断った音ではなかった。
厚い皮と筋肉に阻まれた刀身がポッキリと折れる。折れた剣の切っ先が地面に転がると、カランと虚しい音を響かせた。
「くそっ!」
わかっていたとはいえ、そう吐き捨てるしかなかった。
サイクロプスはニタリと笑ってノアを見下ろしている。まるで「このチンケな生物をどのように殺してやろうか?」とでも言っているようだ。
「グルルル……」
唸りながら、サイクロプスは巨体をわずかに前へ傾かせる。
ノアが半分に折れた剣を構えたその時だった。
ドンッ!
轟音と共にノアの背後から横を、燃え盛る火球が通り抜けた。
「なっ!?」
驚く間も無く、火球はサイクロプスの弱点である単眼に直撃してバンッと爆ぜた。
「グギャァァァ!!」
絶叫するサイクロプスは黒い煙が立ち昇る眼窩を押さえて、のたうち回る。
ノアが咄嗟に振り返ると、そこには先程まで意識を失っていたはずのラビエナが両手の掌を前へ突き出していた。
「ハァ……ハァ……ッ!」
慣れない体と微力しか回復していない状態でのリセルの酷使。体への負担は相当なものだろう。
「ノ……ア……」
文字通り最後の力を振り絞ったラビエナは、再びこてんとその場に倒れてしまった。
「ラビ!」
サイクロプスが怯んでいる間にノアがラビエナのもとへ駆け寄る。
もはや自力では立ちがることも出来ない彼女を、剣を持った右手とは逆の左手ですくい上げた。
「ラビ! 大丈夫か!?」
「ノ……ア……あいつを……倒したい?」
「もしかして策があるのか!?」
「上手くいくか……保証……ないけど……」
ノアはサイクロプスを見る。
青緑色の怪物は再び立ち上がり、怒り狂った様子でノア達を睨みつけていた。
このままではノアは絶対に敵わない。ならば答えは決まっている。
「――頼むラビ、やるだけやってみよう!」
「……わかっ……た」
ラビエナは胸に右手を当てた。
その小さな掌から、淡い金の光が滲み出し、やがて眩い光の球へと変わっていく。
「私の全部を……あなたにあげる……」
ラビエナが微笑みながら、光球をノアの胸へ押し当てる。光球はそのままノアの胸の中へと溶けていった。
「ぐッ……あああああああッ!!」
焼けつくような激痛が胸を貫いた。
するとノアの足元に、六芒星の魔導陣が幾重にも展開される。輝きは瞬く間に膨れ上がり、光の柱となって天へと伸びた。
その異様な光景にサイクロプスでさえ動きを止める。
直後、天へと伸びていた光の柱が収まると、青緑色の怪物の単眼に映っていたのは、禍々しい笑みを刻んだ白の仮面を被り、金色の双眸を覗かせた黒髪の青年だった。
(……なんだ、この仮面? いや、それよりも……)
仮面の男はラビエナを路地の端にそっと置く。そして金色の双眸でサイクロプスを見据えた。
(行ける……イメージできる)
仮面の男はあろうことか剣を投げ捨て、丸腰でサイクロプスへ歩み寄る。
恐怖も痛みも、もう無い。
代わりに、心の奥で雷のように脈打つもの……リセルを感じていた。
(今なら……勝てるっ!)
仮面の男がサイクロプスの目の前で足を止める。
その不気味さにサイクロプスは一歩後ずさると、恐怖を振り払うように咆哮を上げて拳を振り上げた。
「ゴアァァァァァッ!!」
巨腕が振り下ろされる。
地を揺るがす一撃。
青緑色の拳はそのまま地にめり込み、辺りには砂塵が舞う。しかし、その拳の下に潰れた仮面の男の姿は無かった。
「ガッ!?」
サイクロプスが驚きに目を見開いて、辺りを見渡す。
「遅い」
サイクロプスの頭上で、誰かがぽつりと呟いた。
単眼が見上げたその先、仮面の男は宙にいた。まるで時間そのものを飛び越えたかのように、いつの間にか。
「グガッ!?」
サイクロプスは再び驚きの唸りを漏らす。
宙の男を捕まえようと、手を伸ばしかけたその刹那。
仮面の男は空中で身体をぐるりと一回転させると、右脚を上から下へ、しなやかに振り抜いた。
――ドガァンッ!
肉弾戦とは思えない衝撃音は、まるで大量の火薬に火をつけた爆音のよう。
回転の勢いを乗せた蹴りはサイクロプスの頭部を正確に捉え、青緑色の巨体は地に叩きつけられ、隕石でも落ちたかのように地面が深く陥没した。
「……瞬神・リベラ・ディエス」
その疾さは、確かに死んだ筈の英雄の閃きだった。




