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第27話 自己犠牲


 何故、勝ち目の無い相手に振れもしない剣を持って駆け出したのか。

 それはノア自身でもわからなかった。 

 

 策なんて無い。

 このままサイクロプスの前に立てば確実に死ぬのは百も承知だ。

 しかし、一度駆け出した足はサイクロプスと兄妹の間に割り込むまで止まらなかった。


「おい化け物! 俺が相手だ!」


 サイクロプスへ叫んだノアの被っていたフードが捲れ、素顔が顕になる。

 

「え!? あなたは……ゆ、勇者ノア!?」


 背後の少年は目の前に亡霊が現れたとでも言わんばかりに驚いた。


「妹を連れて逃げろ! 早くッ!」


 怒鳴り声に我に返った少年は妹を連れてその場を離れる。

 サイクロプスは兄妹を追う事はせず、目の前で剣を構えるノアを単眼でギョロリと睨みつける。ノアもまた、青緑色の怪物を睨み返した。


(どうする、今の俺じゃ絶対に倒せない。このまま剣を捨てて俺も逃げるか? ……駄目だ。すぐ追いつかれて殺される)


 どんなに思考を巡らせてもノアが眼前の怪物に勝てる道筋は無かった。

 

「グオオッ!」


 一向に動かないノアに痺れを切らしたのか、サイクロプスはすでに血まみれの左腕を振り上げ、すぐに降ろす。

 その初撃で勝負は決した。


(……くそっ!)

 

 心の中でノアは吐き捨てた。

 呆気ない幕切れ。

 躱すことも、受けることも許されず、ただ血まみれの拳を見つめ続けるだけだった。


 その刹那のこと。


 サイクロプスの拳がノアへ届く直前、体長十五センチほどの小さな生物がノアとサイクロプスの間に割り込んだ。


 ――ガアァン!


「……え?」


 確かにサイクロプスの拳が当たる衝撃音が響いたが、ノアの体は原型を留めている。

 何故無事なのか、それを理解するための時間は必要なかった。


「ラビッ!?」


 ノアとサイクロプスの拳の間には薄い半透明の壁が張られている。

 その正体は魔法障壁、展開していたのはラビエナだった。


「ぐっ! うぅぅッ!」


 顔を歪めるラビエナが展開する魔法障壁は、正直言ってお粗末な物だった。

 

 術者にもよるが、本来魔法障壁は五角形や円形等、整えられた形を成して術者を守る。

 しかし彼女が張っていたのは形の規則性が無く、まるで道端に偶然できた水溜まりのように歪だ。

 そんな脆弱な壁でサイクロプスの一撃を耐えられたのは奇跡に近い。つまり二度目は無いという事だ。


「ゴアァァァッ!!」

 

 咆哮と共に振り下ろされた二発目の拳が、魔法障壁を叩き砕く。

 飴細工のようにパリィンと散った破片が飛び散った。


「きゃあああッ!」


 ラビエナの小さな体は衝撃に耐え切れず、吹き飛び、道沿いの建物に叩きつけられ、そのまま地にぽとりと落ちる。


「ラビッ!」


 ノアはすぐさま地を蹴った。右手で剣を握ったまま、空いた左手で地に横たわるラビエナをすくいあげる。手の中の彼女は粗い呼吸を繰り返し、意識は朦朧としていた。


「ラビ! しっかりしろ!」

「駄目……後ろ……」


 

 掠れた声に、背筋が凍りつく。

 振り返るより早く、ノアは背後からの殺気を感じとった。


「グオオオオオッ!」


 振り返った時には、サイクロプスの横薙ぎ振られた巨腕がノアに迫っていた。

 

 せめてラビエナだけはと、ノアは小さな彼女を胸元に引き寄せて身を捻った。


 これが勇者の本当の最後。


 ――そのはずだった。


「ノアッ!」


 誰かの声がサイクロプスの拳よりも早く、ノアの耳に届く。

 次の瞬間、ノアの体が横から強く突き飛ばされた。


「……え?」

 

 抱いた疑問の答えがノアの目に映った。


 肩までは届かぬほどの美しい白髪。

 陽の光を苦手とするほど透き通った、雪のように白い肌。

 死にかけたノアを救ってくれた優しくて赤い瞳。


 ノアを突き飛ばしたのは、フィアだった。


「フィ――ッ!」


 ゴシャッ!!


 叫ぶよりも、サイクロプスの横薙ぎに振られた拳がルナを捉え、鈍い音が響く。

 フィアの細い体は一直線に吹き飛び、凄まじい衝撃で乗り捨てられていた荷車に叩きつけられた。


「フィ……ア?」


 崩れる積み荷と木片に埋もれたフィアの左腕と左足は、サイクロプスの一撃をもろに受けたせいで、曲がってはいけない方向へ折れ曲がっている。そして、美しい白髪と衣服は徐々に赤く滲んでいった。


「そんな……うそだろ……」


 フィアはぴくりとも動かない。

 だらりとぶら下がった、右腕から赤い雫がぽたりと一滴落ちた瞬間、ノアの中でなにかが弾けた。


「フィア……フィアアアアアアァッッ!!」

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