表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/34

第26話 愚かな英雄


「逃げろッ! 逃げろおおおッ!」


 人々は悲鳴を上げ、突如街に放たれたサイクロプスに背を向けて駆け始めた。


「緊急事態! 目標サイクロプス! 各自配置につけ!」


 怒号にも似た班長の指示に、輸送班の兵達が一斉に武器を構え、各々が配置につく。


 前方に槍使い(ランサー)、中段に騎士ナイト弓使い(アーチャー)魔術師ウィザードは後方へ。

 しかし、どうも動きが辿々しい。出来上がった陣形も歪だ。おそらく実践経験が乏しいのだろう。


魔術師ウィザード! 炎魔法を!」

「はっ! 火球ファイアボール!」


 魔術師ウィザードの杖の先から人の頭より一回りほど大きい火の玉が現れ、勢い良く撃ち出される。


 バァンッ!

 

 火球がサイクロプスに直撃する。

 たちまち爆煙が青緑色の巨体を包み込んだ。


「……どうだ?」


 手応えがあったのか、火球を飛ばした魔術師ウィザードは微かに笑みを浮かべている。

 その驕りが、いかに危険かも知らずに。


「馬鹿ッ! 攻撃の手を緩めるなッ!」


 ノアが叫ぶ。

 だが、遅かった。


「ガアアアアァァッ!!」


 雄叫びと共に、爆煙の中から青緑色の拳が現れた。


「……え?」


 兵士の中の誰かが、間の抜けた声を上げた瞬間。


 ――グシャ!


 青緑色の拳は空気を裂くスピードで、前衛にいた槍使い(ランサー)の一人を叩き潰した。

 槍使い(ランサー)は一瞬で地面にへばりつく肉塊へと変わり、飛び散った血と臓物が周囲の兵達に振りかかる。


「ひ、ひいいいぃっ!」


 潰された槍使い(ランサー)の隣。彼と共に前衛を張っていた別の槍使い(ランサー)が悲鳴をあげて尻餅をつく。

 戦意を失い、ただ震えるその体に巨木のような足が振り抜かれた。


「ひぎゃっ!」


 短き断末魔のような叫び。

 槍使い(ランサー)は重力がなくなったように吹き飛び、石製の建物へ叩きつけられた。


「グオオオオオッ!」


 再び轟く雄叫び。同時に煙が晴れる。

 現れたのは特徴的な一つ目を血走らせ、怒り狂ったサイクロプスだ。


「……あ……あぁ……うわぁぁぁっ!!」

 

 けたたましい咆哮に理性も一緒に吹き飛ばされたのか、悲鳴を上げた兵達は一斉に陣を崩し、我先にと逃げだす。

 その中でも班長だけは、崩れた陣形に狼狽えつつも武器を構えていた。


「お前達、何してる! 戻ってこ――ぐわっ!」


 逃げた部下に気を取られた刹那、班長はサイクロプスに掴まれ、民家へと投げ飛ばされる。


 凄まじい衝撃音と共に木片が辺りに散らばると、ノアの足元でカランカランと金属製の物が地面を跳ねる特有の音が聞こえた。


 見下ろすと班長が握っていた剣が地面に転がっている。恐らく投げられた衝撃で手放してしまったのだろう。


 ノアはその剣から目が離せなかった。


 拾い上げてサイクロプスに立ち向かうなど、今の自分にできるわけがない。

 それはノア自身が一番よくわかっている。

 しかし、どうしても剣から目を離せないのだ。


「ノア! 早く逃げないと!」


 固まるノアの袖口を小さなラビエナが引っ張った。


「早く! あいつがこっち来る!」


 ラビエナの言葉にノアは答えず、ただ剣を見下ろしている。


「グオォォォォッッ!!」


 再度吠えたサイクロプスは、ラビエナの忠告通りに逃げ惑う市民をギョロリと睨む。


 その中で目星をつけたのは、必死に背を向けて逃げる市民ではなかった。

 サイクロプスは側に乗り捨てられていた馬車の荷台をヒョイっと持ち上げる。

 その下には二人の男が身を伏せて隠れていた。


「ひぃ!」


 見覚えのある二人組だった。

 彼らは、先日炊き出しの時にノアを痛めつけた九番街出身のごろつき達だ。


「だ、誰か……助けて……ひゃ、ひゃあああっ!」


 ごろつきの一人がサイクロプスに掴まれる。

 サイクロプスの拳の中で胸から上だけを覗かせながら、青緑色の指を剥がそうと必死に踠いている。


「や、やめろ! はなせ……ぎゃあああっっ!」


 サイクロプスがごろつきをギュッと握り潰す。

 身体中のあらゆる箇所から血を吹き出し、両手をだらん下げた男はあっという間に絶命した。


 それを確認したサイクロプスはごろつきの死体を、もう一人のごろつきのすぐ側にポイっと投げ捨てる。

 

 無惨な姿に変わり果てた相棒に、残されたごろつきは甲高い悲鳴を上げた。

 

「ひ、ひいぃぃ! た、頼む! 死にたくない!」


 混乱したごろつきがサイクロプスに命乞いをする。サイクロプスは「グルル」と小さく唸りながら、その様子を眺めていた。


「い、嫌だ……誰か……」

 

 蛇に睨まれた蛙。

 その言葉をまさに体現するように、その場を動けない男は絶望の表情を浮かべている。


 それも束の間。

 サイクロプスは躊躇なく男を踏み潰す。

 青緑色の足元には血と肉片が飛び散った。


「グオオオオオッ!」


 怒りが鎮まらないサイクロプスが次に狙いを定めたのは……幼き男女だった。


「アン! 早く!」

「待って! お兄ちゃん!」


 サイクロプスの目線の先には茶髪の少女と、紺色の髪の少年。おそらく逃げ遅れたのであろう。


「あっ!」

 

 アンと呼ばれた少女がその場に転んでしまう。

 兄は見捨てることはせず、すぐさま妹の元へ駆け戻った。


「アン!」


 転んだ妹を兄が起こそうとした矢先、二人の周囲に影がかかる。影の主はもちろんサイクロプス。涎を垂らしながら兄妹を見下ろしていた。

 

「あ、あ……お兄ちゃん……」

「だ、大丈夫だアン! 兄ちゃんが守ってやるからな……」

 

 妹を背に隠し、兄は両手をいっぱいに広げる。

 体を震わせながらも、サイクロプスから目を逸らさない兄の背後で妹は祈るように手を合わせ、ポツリと呟いた。


「お助けください……ノア様……」


 その言葉に、ノアの胸の内で何かが大きく跳ねた。


 世界最強と謳われた自分はもういない。

 あの兄妹のもとへ駆けつけたところで、何もできずにそこらに散らばった肉片と同じようになるだけだ。


(そう、俺はもう勇者じゃない。あの二人は……助けられない)


 ノアは一歩、後退る。

 

(逃げよう。あの二人が死んでも、俺は悪くない)


 必死に自分に言い聞かせながら、これから起こるであろう惨虐な光景を見ないために、背を向けようとする。

 

 しかし体は動かない。

 代わりに頭の中に二つの声が響く。


 何してるんだ? 早く逃げろ。

 

 剣を拾え。あの兄妹を助けられるのはお前しかいない。

 

 お前じゃ敵わない。

 

 拾え。じゃないと一生後悔するぞ。

 

 今のお前になにが出来る?


 ――拾えッ!!


「あああああぁぁッ!」


 その選択が自分の意思なのかもわからなかった。

 

 この場でノアが下したのは愚かな決断。

 気がつけば半狂乱に叫びながら剣を拾い、サイクロプスへと駆け出したのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ