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第25話 一方フィアは……


 数分前、ノアを見送ったフィアは夕飯の買い出しのため、商店街へと赴いていた。


(今日はどうしようかな……)

 

 快晴の空を見上げながら、頭の中で夕飯の献立を練る。

 最優先すべきはノアの好物、それでいて栄養がある物。この二点は外せない。


「フィアちゃん!」


 背後から男性の声がフィアを呼ぶ。振り向くと、そこには筋骨隆々とした初老の男が木箱を持って立っていた。

 いつも贔屓にしてもらっている装飾屋の店主、ルガンダだ。

 

「ルガンダさん! こんにちは!」

「こんにちは。随分とご機嫌だな。ついこの前までろくに食べず眠らずで、倒れていたってのに」

「そ、その節はご迷惑をおかけしました」


 フィアは深々と頭を下げた。


 ノアが死んだと号外が出た日、あの時のショックは二度と忘れない。

 あの崖から突き落とされたような感覚を。


 ただ泣き叫び、涙が枯れた後はノアの好きなルルシャの花を献花台に供えるだけの日々。

 店など続けられるわけもなく、日に日に衰弱していくフィアを支えてくれたのが、目の前のルガンダだ。

 

「まぁ気にしないでくれ。ノアの一件以来、日に日にやつれるフィアちゃんは正直見てられなかったからな。今こうして元気なら、それでいい」

「……ありがとうございます」


 ノアの訃報でフィアがあんなにも取り乱した理由。それはフィアがノアへ抱く気持ちは恋心以外の何物でもないからだ。

 

 いつからかはわからない。

 ただ、その感情が恋だと理解できたのは、皮肉な事にノアが死んだと知った時だ。

 フィアの初恋は始まった日と同時に、終わったと思い込んでいたが、それは違った。

 ノアは生きていて、今は同じ屋根の下で共に生活している。

 それがフィアにとってどれほど幸せなことか。胸の内の心地良い暖かさが教えてくれる。


「フィアさん! こんにちは!」


 突如若い青年の声が、フィアとルガンダの間に割り込んだ。

 声のした方から駆けて来るのは、耳当たりで切り揃えられた金髪。小柄な体格で金属製の鎧を身に纏った銅級ブロンズ冒険者のダットだ。


「こんにちはダット君」

「フィアさん、相変わらずお綺麗で――いてっ!」


 突如ダットの頭上に拳骨が降った。拳の主はルガンダだ。


「おいダット、師匠に挨拶の一つも無いとは随分偉くなったんだな?」


 ルガンダは昔、名のある冒険者だったらしいが怪我を理由に引退をした。

 殴られた頭を両手で抑えるダットは、そんなルガンダの弟子だ。


「いててて……相変わらず、すぐ殴るんだから……あっそうだ。フィアさん、あの噂知ってますか?」

「あの噂?」

「なんかここ最近、ノアに似てる男がこの七番街にいるみた――あがっ!」


 再びダットの頭上からルガンダの拳骨が降る。先程よりも強い一撃に悶絶するダットに、ルガンダが怒鳴り声を上げた。


「馬鹿野郎ッ! フィアちゃんは何がショックで塞ぎ込んでたか、知らないわけじゃないだろ!」

「あっ……ご、ごめんフィアさん!」


 慌てて謝るダットにフィアは笑顔を向ける。

 もちろん偽りの笑顔ではない。偽る必要は無い。なぜならノアは生きているのだから。

 

 しかしそのことをフィアは決して口にはしない。ノアは自分が生きている事が世に広まるのを嫌がっている。だからフィアも決して口外しないのだ。


「ううん、もう大丈夫だから。気にしないで」


 フィアがそう言うと、ダットは少しホッとした様子を見せる。

 

 その時だった。


「――みんな逃げろッ! 魔族が逃げたぞっ!」


 大きな叫び声が辺りに響いた。

 道の向こう側から血相を変えた男がこちらに駆けて来る。その男の肩をルガンダさんが掴んで、問いかけた。


「落ち着け! 何があったんだ?」

「ぎ、ギルド前で輸送中のサイクロプスが逃げたんだ! もう何人か殺された! 早く逃げろっ!」


 そう言い残して、男はルガンダの手を振り払って再び走り去る。

 直後、ギルドの方から次々と人々が押し寄せ、商店街は混乱に呑み込まれた。

 逃げてきた人々の恐怖に満ちた表情は瞬く間に周囲へ伝染する。商店街にいた者達も、悲鳴を上げながら一斉にギルドとは逆方向へ走り始めた。


「お、俺達も逃げなきゃ! 師匠、フィアさん! 早く!」

「……ギルド前……」

「フィアさんッ!」


 ダットの叫びに、フィアは動かない。

 フィアの赤い瞳は、ギルドの方角から流れてくる群衆をただ見つめていた。


(いない……いないいない!)


 人混みの群れにノアの姿は見当たらない。


「どこ……ノア……どこ?」

 

 ポツリと呟く。

 不安が胸を締め付け、喧騒の中だというのに、音が消えていく。


「……ノア……ノアッ!」


 フィアは駆け出した。

 逃げる人々の群れに逆らいながら。


 ただただ……ギルドの方へ――。


 


 

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