第1話 人類最強のパーティー
「ガアアアアァァッ!」
凄まじい咆哮が大気を震わせる。
しかし臆することなく咆哮の主にノア・レグルスは3人の仲間と共に武器を構えていた。
「2足歩行で赤い体に頭から猛牛の角。ミノタウロスの超位種、赤き悪魔牛だな……アリビア! こいつのレベルは?」
ノアの指示で仲間の1人である、美しい青の長髪に合わせたような青色のローブを着た女性プリーストが観測系最上位魔法『神の目に偽りは映らない』を発動させた。
「……レベル89。攻撃力、防御力共に化け物クラスね……でも、それだけ。状態異常攻撃や魔法はほとんど使えないわ」
彼女の名はアリビア・ホーリーランド。
職業ビショッププリースト。
本来なら後方支援に徹するはずの役職だが、彼女はその常識の外にいる。
先程のように戦闘を有利に進めるための支援魔法はもちろん、常識外れの威力を誇る神聖魔法で火力も補える彼女はその美しい容姿と、聖母のような振る舞いで、人々から「青の女神」と呼ばれていた。
「ノア、アリビア! そこを退け! いつも通り俺が前に出る!」
声と共に、前へと飛び出したのは一人の巨躯。
真紅の甲冑を身に纏い、体格に見合うどころかそれ以上の大斧を片手で担いでいる。
赤髪と赤髭をたくわえたその戦士の名はドラミホール・ヴィケラ。
職業プライマルウォリアー。
恵まれた体格から繰り出される一撃は山を割り、その体は例え隕石が直撃しようと倒れることはないと謡われるほどの戦士だ。
特に耐久力は人類で右に並ぶ者はいないとされている彼はパーティーの前衛で注意を引くタンクの役割を果たしつつ、圧倒的な一撃で敵を粉砕してきた。
「まったく、あの脳筋野郎……あの相手なら、俺の魔法が一番効くってのに……」
ぼやきながら陣形の後衛に立つのは、深くマジックハットを被った緑髪の男、デーゲンハルト・バドコック。
右手に杖、左手に魔導書を携え、静かに魔力の出力を高めていく。
彼の職業はエリオンウィザード。
どんなに強敵の魔族や伝説級の魔導士であろうと、ノアは彼以上に魔法を操る者を知らない。
魔法大国ルーザにおいて、国の歴史始まって以来、最高の逸材と称された天才。それがデーゲンハルトだ。
これが世界最強と評される勇者ノア一行。
この4人がいれば、人間と魔族の長き戦いも終わると人々は希望を抱いていた。
「ガアァァッ!」
先に動いたのは、赤き悪魔牛。
巨体を揺らしながら右腕を振り上げ、ドラミホールの頭上へと、容赦なく拳を振り下ろす。
単純な一撃。
しかし、まともに喰らえば人の身体など潰れたトマトのようになってしまうだろうが、ドラミホールは避けず、大斧でその一撃を受け止めた。
その瞬間、凄まじい衝撃が大地を揺るがす。
ドラミホールの足元の地面には蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「オラァッ!」
雄叫びと共にドラミホールが赤き悪魔牛の右手を押し返すと、すかさず斧を横薙ぎに振るい、赤き悪魔牛の脇腹に一撃を入れた。
「ガアァァ!?」
大砲のような轟音と共に赤き悪魔牛の巨体がぐるんと宙に回る。その隙を逃さずデーゲンハルトが左手を天に掲げ、魔法を発動させた。
「雷皇絶雷ッ!!」
呪文の詠唱が終わると、薄暗い空は暗雲に埋もれ、雷鳴が響き始める。
「あっ! あの野郎っ!」
空を見上げたドラミホールは憤りながら、その場から離れる。
すると、程なく天から一本の大きな柱のような雷撃が赤き悪魔牛に落ちた。
「ガアアァァァァァッ!?」
凄まじい雷撃に包まれた赤い悪魔牛の悲鳴と共に、焦げた臭いがあたりに充満する。
デーゲンハルトの放った魔法は相変わらず桁外れの威力。
しかし相手は全魔族の中でも屈指の耐久力を持つ赤き悪魔牛。大ダメージを与えたことには間違い無いが、その命までには届かなかった。
「ガッ……アァァ……」
赤き悪魔牛は呻きながら膝をついたが、瞬く間に傷口は塞がり、何事も無かったかのように立ち上がるとドラミホールが舌打ちを鳴らす。
「くそ、中途半端なダメージじゃ意味無いか」
「ゴアアアァァァァ!」
自身を奮起させるかの如く赤き悪魔牛は天へ咆哮をあげると、四つん這いの姿勢、文字通り闘牛のように駆け始める。
禍々しく尖った二本の角が向く先にいたのはノアだった。
「ノア! そっち行ったぞ!」
ドラミホールが叫ぶ。赤き悪魔牛の地を揺らす猛突進に、ノアは避ける素振りを見せない。
そのままノアは剣を鞘に納めたまま居合の姿勢を構えた。
赤き悪魔牛は容赦なく巨大な角を突き出し、怒涛の勢いで突っ込んでくる。
「ゴアアァァァ!」
「……」
巨体による突進、それはもはや質量の暴力。
触れるだけで骨が砕け、擦れただけで肉が裂ける。
だがノアの瞳に、恐怖の色はない。
静かに、深く息を吸って……吐く。
そしてノアは呟いた。
「――瞬神」
その言葉と共にノアは姿を消した。
直後、赤き悪魔牛の突進は虚空を貫いた。標的を見失った怪物は勢いを殺し、二足で地を踏みしめ直す。
「……?」
戸惑うように鼻息を荒げる魔牛の背後。
そこに、ノアはいた。
音もなく現れ、すでに剣を抜き、そして鞘に納めた瞬間、周囲に甲高く凄まじい衝撃音が響き渡った。
「……ググッ!? ガアァ……」
突如赤き悪魔牛は頭頂部から股までを真っ二つに裂ける。
そして、自身の身に何が起こったのかわからないまま絶命した。
「ふぅ……」
緊張が解けたノアが一息つくと、そこに武器を収めたドラミホールが駆け寄る。
「お疲れノア! 相変わらずお前の技は速すぎて何が起きたかわからねぇな!」
「ははは、どうもドラミホール」
二人がハイタッチを交わす傍ら、巨大な雷撃を落としたデーゲンハルトは魔導書を見ながら、少し不満気だ。
「ふむ……さっきの魔法は四十点ってところか……」
「おいデーゲンハルト! お前さっき俺ごと巻き込むつもりだっただろ!」
ドラミホールのデーゲンハルトに詰め寄る。しかしデーゲンハルトは相手にせず、魔導書を眺め続けている。見慣れた光景だ。
「相変わらずね……ノア、お疲れ様」
透き通った声がノアの背後からかかる。
振り返ると、美しい青髪を揺らすアリビアがノアを見て微笑んでいた。
「アリビアもお疲れ様。さて……野営の準備を始めるか」
一体で国の半分を破壊すると言われるレベル8モンスターの赤い悪魔牛を危なげ無く討伐してしまった勇者ノア一行。
彼らこそ、歴史が刻まれる前から続く魔族と人間の戦いに終止符を打てると語られ、人類の希望として名を馳せていた。