第18話 今度は見知らぬ天井
目を覚ますと、見慣れぬ天井が目に入る。
背中には、柔らかな布の感触を感じた。
(やれやれ……まだ生きてたか……)
天井を眺めながら、息を吸って吐く。
これが辛い現実が未だ続くことへの溜め息なのか、はたまた生き長らえた安堵からくる呼吸なのかはノア自身でもわからない。
「ノア!」
耳元で聞き覚えのある女性の声が響くと、その方へ首を回す。
そこには金の瞳に変わらず髭面のノアを映したラビエナがいた。
「ラビエナ……ここは?」
「七番街の宿屋……ここを経営してる人に助けを求めたの」
「……そうか」
視線をラビエナから、再び天井へと映す。
目を閉じると、背中に沈み込む感触がじわりと広がっていく。
いつ以来だろうか……こんなにも柔らかな布に身を預けるのは。
「ねぇ、ノア」
ラビエナが再び呼ばれ、ノアは目を開けた。
「なんだ?」
「あのね、助けてくれて……ありがと」
その言葉に、ノアは頬を緩める。
しかし同時に虚しさを感じた。
「結局助けられたのは俺だけどな……あんなわかりきってる罠にまんまと引っかかって……」
再び見上げた天井は、どこか遠く見えた。
悔しさと情けなさが胸の奥に沈み込み、重くのしかかる。
「何日もろくに食べてなかったもん。騙されたってしょうがないよ」
「そう言ってもだな……仮に最強と言われた人間がこの様だぜ? 笑えるだろ?」
自嘲混じりに吐き出す。
しかしラビエナはその言葉に笑いはしなかった。
「笑わないよ」
揺るぎない真剣さを帯びるその声に、ノアは再びラビエナへ視線を移す。
金色の瞳は、言葉と同じようにまっすぐで、ひと欠片の揶揄も宿していなかった。
「笑うわけないじゃん。ノアが助けてくれなかったら私、今頃どうなってたわからないし……それに、広場で私があいつらに叩かれた時、ノアは怒ってくれた……正直嬉しかったの」
そう語ったラビエナは優しく微笑んでいた。
「ラビエナ……」
互いが互いを見つめ合い、暫しの沈黙が訪れる。すると、なにかを思い出したようにラビエナが「そうだ」と口を開いた。
「ノアが起きた事、助けてくれたここの宿の人にも伝えなきゃ」
「そうだな……ちなみに、その人に俺の正体は伝えているのか?」
ラビエナは首を横に振った。
「ううん、言ってないよ。その人の前ではノアの名前も出してない」
「……そうか」
胸の中に安堵が広がる。
ノアが生きていることが明るみになれば、騒ぎになるのは間違いない。
「……でもね」
ラビエナがそう切り出した時、部屋の扉が開いた。
現れたのは一九歳のノアと同年代程度の女性だ。
「なっ!?」
ノアは言葉を失った。
雪のように白い髪。瞳は紅玉のように赤く輝いてきる。
質素なエプロン姿に人一倍色白の両手で持った盆の上には湯気を立てる薬草茶と、新しい包帯が整然と並べられていた。
「良かった! 目を覚ましたのね!」
赤い瞳が嬉しさに揺れ、その輝きは宝石以上に眩しかった。
ノアは息を呑む。しかし、決して彼女の美しさに言葉を失ったわけでは無い。
「あのね、この人がこの宿を営むフィアさんよ」
ラビエナが彼女を紹介する。
だが、その必要は無かった。
「……世話になったな」
突如ノアは起き上がり、ベッドから足を降ろした。
背中に鋭い痛みが走り、顔が歪んだ。
「ちょっと! まだ動いちゃ駄目だよ!」
ラビエナが慌てて静止するようにノアの顔前まで飛ぶが、ノアは構わず立ち上がった。
「いいんだ……」
「よくないよ! いきなりどうしたの!?」
動揺するラビエナをそばに、ノアは足を踏み出す。
そして、弾かれるような声が響いた。
「ノ、ノア……! ノアだよね?」
ノアの名を呼んだのは、フィアだった。




