第16話 空腹は判断を鈍らせる
「いやっ! あっち行って!」
背後から聞こえたラビエナの叫びに、ノアはすぐさま後ろへ振り向く。
そこには先程座っていたベンチで、二人組の大柄な男がラビエナを取り囲んでいた。
「いいじゃねぇか。その飯、俺達に分けてくれよ」
「そんなちっこい体じゃ、どうせ食いきれねぇだろ?」
へらへらと笑う男達の言動はまさにごろつきそのもの。
だが、ラビエナは臆さずスープが入った器の前で両手をいっぱいに広げた。
「駄目! これは私の分じゃないの! あなた達も貰ってくればいいじゃない!」
「俺達の分は、すでに飲み干したんだよ。だが、あれっぽっちで足りるわけねぇだろ?」
「なぁ頼むよ嬢ちゃん、俺達は九番街から命懸けで逃げだしてきて、腹ペコなんだよ」
「絶対に駄目だもん! あっち行――きゃあっ!」
突如ごろつきの大きな手が、ラビエナをまるで邪魔な虫でも払うかのように弾き飛ばした。
ラビエナの小さな体は軽々と宙を舞い、ベンチの外へ転がり落ちる。
「ラビエナ!」
思わず列を飛び出したノアがラビエナのもとへ駆け寄ると、地面に転がった彼女を両手で掬い上げた。
「おい、大丈夫か!?」
「うぅ……」
顔を歪めるラビエナに、ノアの胸の内が大きくざわついた。
「……お前ら――」
ノアがごろつき達を睨みつける。
ごろつき達はすでラビエナが守っていたスープを飲み干し、その器をノアの目の前へ投げ捨てた。
「……あぁ? なんだその目は?」
「気に食わねぇなぁ。まさか俺達に文句でもあるってのか?」
ごろつきの一人がノアを見下ろすように肩をいからせ、もう一人は唇の端を吊り上げてにやりと笑う。
その態度は謝罪どころか、挑発そのものだ。
「……今すぐこいつに謝れ」
ノアから低い声が吐き出される。
それが癪に障ったのか、ごろつきの一人がぎょろりと目を光らせ、靴のつま先で地面を強く蹴った。
「はぁ? てめぇ、誰に口聞いてんだ?」
憤ったごろつきがノアへ一歩踏み出す。
すると、その肩をもう一人にごろつきが掴んだ。
「おい」
肩を掴んだごろつきが、アイコンタクトを送る。
当然のように自分達が周囲の注目を集めていることに気がついたごろつき達は、途端に薄っぺらな笑みを浮かべた。
「悪かったよ。俺達も腹が減ってて、ちょっとカッとなっちまっただけだ」
「そうだ、ちょっとついてきてくれないか? 詫びのしるしにいいもんやるよ。ちゃんとお前達の生活に役立つものだ。それに嬢ちゃんの手当てをさせてくれ」
ノアは目を細め、ごろつき達をじっと見据える。ごろつき達の言葉が怪しいのは分かりきっていた。
「ノア……駄目……」
ラビエナがか細く呟いた。
それが耳に届いたのか、ごろつきの一人が再び口を開いた。
「大丈夫、嘘じゃない。見たところお前達も生活に困っているんだろ? ほら、来いよ」
ごろつきの片方が、わざとらしく両手を広げて見せる。
「心配すんなって。俺達だって無駄に事を荒立てるつもりはねぇさ」
「……本当だな?」
「もちろん」
ごろつき達の奥に潜む悪意を見落とすほど、ノアも甘くはない。
しかし、ノア達には余裕がないのも事実。
仕事が見つかる見込みもほぼない。ノアとラビエナの体も限界に近い。
このままだと程なくして、二人とも死ぬ。
だから、リスクがあるとわかっていても、一握りの可能性にかけて動くしかなかった。
それが、愚かな判断だとわかっていても……。
「……わかった」
ノアは立ち上がり、ごろつき達とともにその場を後にした。




