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第13話  生者の影、死者の名


 突如ラビエナに連れられた場所は、七番街の中心にある広場だった。


 昼下がりの陽射しに照らされた石畳は白く輝き、人々の喧噪に包まれている。

 その中でノアの胸を満たしたのは、雑踏ではなく懐かしさ。幼い頃はここを駆け回り、この石畳の床によく膝を擦りむいたものだと……そんな記憶が蘇ってきた。


「ねぇ? こんな真っ昼間から、そんなにフードを深く被ったら、不審がられるよ?」

 

 ノアの真横でふわふわと浮かぶラビエナが、ノアの顔を覗いた。


「いいんだよ……俺はもうこの世にはいないはずの存在、もし誰かに正体がバレてそれがドラミホールに伝わったら、また命を狙われるかもしれないだろ」


 ラビエナが「それもそうね」と、視線を前へ向ける。

 ただ、ここでフードを上げても、こんな変わり果てた姿の男をノア・レグルスだとは誰も気づかないだろう。

 

「それで、どうして俺をここに連れて来たんだ?」


 ノアが問うと、ラビエナは小さな指である場所を差した。


「あれ見て」


 ラビエナの指差した方を視線で辿ると、広場の中央に異質な空間があった。

 石畳の上に台座が据えられ、その上には花束や果実、古びた武具や手紙が幾重にも積まれている。

 近づいてみると、積まれた様々な物達の中心に石碑が建てられ、こう刻まれていた。


『勇者ノア・レグルス。我ら七番街の英雄であり家族——永遠に誉であれ」


 刻まれたその文字を目にした瞬間、理解した。

 ここに積まれた花や果実の数々は、すべて自分を弔うためのものだったのだと。


「……はは、なんだよこれ」


 思わずノアは笑った。

 だがその笑みは皮肉ばかりではない。

 裏切られ、すべてを失った。

 それでも、この山のような供物を前にすると、胸の奥にはかすかだが確かに温もりが灯っていた。

 

「……これは……」


 数ある供物の中で、白い花がノアの目に留まった。

 

 花の名はルルシャ。

 特に珍しくも無い何処にでも生えている雑花だが、ノアが一番好きな花でもある。

 幼い頃過ごした孤児院の庭いっぱいに咲いたルルシャの花が、いつもノアの視界を彩ってくれていたからだ。


(この花を供えてくれたってことは……孤児院時代の友人だろうな)


 胸の奥の温かさが、さらにじわじわと広がっていく。

 すると、供えられたルルシャの花達に更にもう一本、新たなルルシャの花が横から添えられた。

 

 花が差し出された方向にノアが顔を向けると、そこには喪服に身を包んだ女が立っていた。

 華奢な輪郭から女とわかるが、面差しは頭から垂れた薄い黒のベールに覆い隠されている。

 

 女はじっと、ノアを弔った石碑をベール越しに見つめている。

 その様子を横目で眺めていると、ラビエナが耳元で囁いた。


「あの人、毎日ここへ来ては花を供えてるの。雨の日も風の日も……欠かさず」

 

 ベールに覆われた彼女からは、表情どころか瞳の色さえ分からない。

 しかしベールの裏で、頬を伝う雫が光っていたのをノアは見逃さなかった。

 声もなく、嗚咽もなく、それでもその雫だけが絶え間なく零れ落ちている。

 それは祈りと共に流れるものか、それとも失った痛みに堪えきれず溢れたものか。

 いずれにせよ、その姿がノアの胸を強く締めつけた時だった。


「おい、今日も来たのか! 駄目じゃないか、ちゃんと休まないと!」


 彼女の元に一人の屈強な体格の男がやって来た。


「昨日だってほぼ寝てないんだろ!? 飯は食ったのか!?」


 荒げた声で男が問いただす。

 しかし、彼女は応えない。

 

「おい! いい加減にしないと、お前まで死ぬぞ!」


 屈強な男の声は怒号のようでありながら、そこには苛立ちではなく心底からの心配があった。

 それでも女は身じろぎ一つせず、石碑を見つめ続けている。


 その光景に目を奪われていると、ラビエナが再び耳元で囁いた。


「前に話したでしょ? ほら、あなたが死んだって号外が出た時に泣き叫んでいた人がいたって……あの人よ。あれからろくに食べず、日に日に衰弱しているらしいわ」


 ラビエナの言葉が胸に沈んだ、その刹那だった。

 女の体がふらりと揺らぎ、黒いベールが風に翻る。

 細い足が石畳を捉えきれず、重力に引かれるように崩れ落ちていった。


「おいっ!」


 屈強な男が慌ててその体を抱きとめた。

 

「言わんこっちゃねぇ! おい、誰か手を貸してくれ!」


 男の叫びに応じて、瞬く間に人混みが出来た。

 ノアの位置からは黒いベールさえ隠され、女の素顔はもう見えない。


 その人混みに、ノアの足も思わず踏み出しかける。

 しかし、靴底が石畳を擦っただけで前へ進まなかった。


「……行かなくていいの? あなたが生きてるって知ったら、あの人も救われるよ?」


 ラビエナの言葉に、ノアは群衆の隙間から見える細い腕を見つめながら呟いた。


「……いいんだ」


 フードをさらに深くかぶり、群衆から背を向けたノアは、その場から立ち去った。

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