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第12話 井の中の蛙


 

「――穢神ノ胎(エガミノハラミ)?」


 禍々しさすら感じるその名を、ノアは自然と繰り返した。

 

「そう……あれがドラミホールの固有スキル」


 苦々しく答えたラビエナが続けた。

 

「あいつは常に飢えて、常に喰らい続ける……でも、決して満たされることはない。喰えば喰うほど……奪えば奪うほど渇いていく、哀れな怪物よ」

「その喰らった者の姿や能力を、自分のものにすることが出来るわけか……じゃあ妹さんも、喰われてしまったのか?」


 ノアの言葉に、ラビエナは視線を落とした。


「そうだけど、そうじゃない……リビエナは確かにドラミホールに呑み込まれた。でも、完全に取り込まれたわけじゃない。あいつの中で、今も生きている」

「なぜ、わかるんだ?」

「説明が難しいけど、深い繋がりのある魔族同士は離れていてもお互いを感じる事が出来るの……だから、リビエナが死ねば私にはわかるんだ」


 ラビエナは胸に手を当て、ぎゅっと握りしめた。


 「たとえ姿が見えなくても、声を聞かなくても、あの子はまだ生きてる。それにリビエナはドラミホールにとって大事な人質、もし殺してしまえば、私がドラミホールに従う理由も無くなるし、その時は塵すら残さず殺してやるわ」


 歯を食いしばる音が、小さな体からは不釣り合いなほど鋭く響いた。

 金色の瞳には、燃えるような憎悪が宿っている。しかしその瞳はすぐに濁り、ラビエナは自分の小さな体を見下ろした。


「でも、今の私はこんなざま……覚えてる? 私を貫いたあの杭を」

「ドラミホールが投げたあれか?」

「そう。あれで私のリセルの核も大きく傷ついちゃった……」

「まだマシだろ? 俺と違って魔法は使えるじゃないか」

「あなたも見てるでしょ? 使えるなんて言えたもんじゃない……火をつけようとしても、マッチ棒程度の火力が精一杯。前なら指一つ鳴らすだけで山一つ焼き尽くせたのに……」


 規格外の言葉に、ノアは苦笑するしかなかった。

 そんな芸当、ノアが世界最高の魔術師と認めたデーゲンハルトですら不可能なのだから。 

 しかし彼女の言葉を疑いはしない。わずかとはいえ、ノアは実際に彼女の力を目の当たりにしているからだ。


「確かに、本来の君ならできてしまいそうだ」

「朝飯前よ。でも、今の私を見たら、ほかの七魔姫セブテム・プリンセス達は笑い転げるでしょうね」

「気になっていたんだが、その七魔姫セブテム・プリンセスってなんなんだ?」

魔界グラナティスの頂点に立つ、七人の姫のことよ」

「ということは君みたいな強さがあと六人も?」

「そういうことになるわね」


 この常識はずれの生物が、あと六人。

 ラビエナが淡々と語る言葉は、自分がいかに井の中の蛙だったのかと思い知らされせてくる。ノアが今日まで培った世界観を覆すには十分だった。


「それじゃあ君達、七魔姫セブテム・プリンセスが、もし攻めて来たらこっちの世界なんて一夜で灰か」

 

 ラビエナは「そうね」と、あっさりと頷いた。


「でも実際に私達が中界アルテアを攻めることはまずないわ……興味ないもの。それに変に中界アルテアを突いたら、天界セラフィスと戦争になりかねないし、万が一にでも戦力を失えば今度は七魔姫セブテム・プリンセス同士の抗争が始まるかもしれない」

「てことは、七魔姫セブテム・プリンセス同士の仲はあまり良くないんだな」

「人によるけどね、基本的にはあまり」


 ラビエナは草の煮汁をずずっと飲み干し、「ご馳走様でした」と手を合わせた。


「……前も言ったけど、3つの世界のパワーバランスはまるで均等じゃないわ。それこそ、中界ここはぶっちぎりの最下位よ」

「だろうな……俺程度が最強と言われていたのだから……魔王ゴルデナに今まで人類が勝てなかったのも、今なら腑に落ちる。きっと、ゴルデナも君達クラスの化け物なんだろ?」

「ゴルデナって弱虫ゴルのこと? あんなのが私達と同じなわけないじゃない」

「よ、弱虫ゴル!?」


 思わず声を荒げた。


 ――魔王ゴルデナ。

 この世界の頂点であり、人類が千年にわたり勝てなかった存在。

 幾多の英雄の剣先が、その喉元に届いた事は無い。

 遥かの昔からその存在を前に、多くの命が散っていった。

 人類にとって、絶望そのものを象徴する名、それをラビエナは鼻で笑ったのだ。

 

「魔王ゴルデナが……弱虫!?」

「そうよ? あの子は弱いくせに野心だけは強くてね……いくら挑んでも私達に勝てないから、随分前に中界アルテアに行ったのよ」

「そんな奴がここでは敵なしか」


 ここでノアの頭に、あることが浮かんだ。

 それは次第に大きく膨れ上がり、ノアの口から漏れ出した。


「……なぁ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

「ドラミホール達は……ゴルデナを倒せるか?」


 絞り出した言葉に、ラビエナは少し考えてから口を開いた。


「……おそらくドラミホールは勝てるでしょうね。あいつがあなたの疾さを手に入れたのなら、間違いなく中界アルテアでは最強の戦士よ。それに今は数も揃えている……それを全部捌くのは、ゴルデナでも難しいでしょうね」

「……俺は歴史に残る偉業の為の踏み台か」

 

 胸の中に広がったのは虚しさだった。

 人類が待ち望んだ勝利だ。誰も、その裏にある真実なんて気にしやしない。

 ドラミホールは未来永劫、英雄として讃えられ、自分はここで醜く汚れ、忘れ去られていく。


 仲間を信じ、全てを懸けて戦ってきた日々。

 積み上げてきた誇りも、夢も、絆も、すべてがあの夜の闇で塗り潰された。それを改めて実感すると、乾いた笑いが漏れた。


「……結局俺は、最初から最後まで一人か……」


 ぽつりと呟くと、ラビエナがふわりと飛んだ。


「……ねぇ、少し歩ける?」

「え? あ、あぁ……」

「じゃあついてきて」


 ノアは軋む体を押し起こし、ふらつきながらも立ち上がる。

 そして、ラビエナに連れられ、外へ踏み出した。

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