悪女と罵られた聖女ですが、辺境伯様の溺愛が止まりません!
「レイラ!貴様との婚約を破棄する!」
王宮の広間を震わせる、王太子ジュリアンの声が響き渡った。その瞬間、私の心臓は氷の刃で貫かれたかのように凍りつき、全身から血の気が引いていく。膝から崩れ落ちそうになるのを、私はかろうじて、いや、意地だけで堪え抜いた。隣には、純白のドレスを纏った妹のセレスティアが、私を憐れむような、しかし内心では勝利に酔いしれる、醜悪な笑みを浮かべて立っている。
「聖女の力を持つと謳われながら、その実、貴様は闇の魔術で人々を惑わし、王家を貶めようとした悪女だ!辺境の呪われた地へ追放し、かの『魔物』と噂されるヴァレリウス辺境伯に嫁がせる!」
ジュリアンの言葉は、私に向けられた罵倒の嵐だった。私の持つ「癒やし」の魔力は、確かに一般的な聖女のそれとは異なっていた。触れるだけで、傷だけでなく心の澱まで浄化し、呪われた土地すら清めることができる。だが、その力が強大すぎるゆえに、人々はそれを「異質」と恐れ、「闇」と決めつけたのだ。特に、私の力を妬むセレスティアが、裏でどれほど巧妙に根回しをしていたか、私は知っていた。この数年、彼女の陰湿な嫌がらせに耐え続けてきた日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。悔しさ、悲しみ、そして何よりも、信じていた者たちへの深い絶望が、私の胸を締め付けた。しかし、ここで反論しても無駄だ。誰も、私の言葉など信じないだろう。私はただ、静かに、しかし決して折れることのない意志を秘めて、頭を垂れた。
数日後、私は簡素な馬車に揺られ、呪われた地と噂されるヴァレリウス辺境伯領へと向かっていた。辺境伯ヴァレリウスは、その身に呪いを受け、顔の半分が焼け爛れた「魔物」と恐れられる男だと聞いている。絶望が胸を締め付ける。しかし、この不遇な状況から抜け出すには、彼に嫁ぐしかないのだ。
辺境伯の居城は、噂に違わず荒れ果てていた。しかし、私を出迎えたヴァレリウス様は、想像とは全く違う人物だった。確かに顔には痛々しい火傷痕があったが、その瞳は深く、そして何よりも、私をまっすぐに見つめる眼差しには、微塵も「魔物」の気配はなかった。むしろ、深い孤独と、諦めのようなものが宿っていた。
「ようこそ、レイラ殿。このような地へ、貴女を迎え入れることしかできず、申し訳ない」
彼の声は、噂に反して穏やかだった。私は、彼の顔の火傷痕にそっと手を伸ばした。私の魔力は、触れることで対象の「澱」を浄化する。彼の火傷痕は、呪いによって生じたものだと直感した。
「わたくしは、貴方様を癒やしに参りました」
私の言葉に、ヴァレリウス様は驚いたように目を見開いた。私は彼の手を取り、その火傷痕に魔力を流し込んだ。すると、私の指先から温かい光が溢れ出し、彼の顔から黒い靄が立ち上っていく。靄が晴れるたびに、痛々しかった火傷痕が少しずつ薄れ、その下から滑らかな肌が露わになっていく。ヴァレリウス様は、信じられないものを見るように自分の顔に触れた。その瞳には、驚きと、そして微かな希望の光が宿っていた。
「これは……貴女の力は、まさか……」
私は微笑んだ。私の魔力は、確かに「異質」だが、決して「闇」ではない。それは、あらゆる負の感情や呪いを浄化し、本来の姿に戻す「浄化の聖女」の力なのだ。
それからというもの、私はヴァレリウス様の呪いを癒やし、荒れ果てた辺境伯領を浄化していった。私の魔力によって、枯れていた木々は瞬く間に芽吹き、濁っていた泉は透き通るほど澄み渡り、領民たちの顔には、忘れかけていた笑顔が戻っていった。ヴァレリウス様も、呪いが薄れるにつれて、その本来の美しさを取り戻していった。彼は私を「レイラ」と呼び、その瞳には深い愛情が宿るようになった。
ある日の夕暮れ、領地の浄化を終え、疲れ果てていた私の髪を、ヴァレリウス様がそっと撫でた。
「レイラ、貴女は私の光だ。この身も、この領地も、貴女がいなければ朽ち果てていただろう」
彼の指先が、私の頬を優しくなぞる。
「……無理をさせていないか?貴女のその尊い力が、私やこの領地のために酷使されるのは、本意ではない」
その言葉に、私の胸は温かくなった。王宮では誰もが私の力を恐れ、利用しようとしただけだったのに、彼は私の身を案じてくれる。
「いいえ、ヴァレリウス様。わたくしは、貴方様とこの領地のために力を使えることが、何よりも幸せです」
私がそう答えると、彼は深く、そして慈しむように私を抱きしめた。
「レイラ……愛している。貴女がいてくれるだけで、私の世界はこんなにも輝く」
彼の腕の中で、私は初めて本当の幸せを知ったのだ。王宮で「悪女」と罵られた私を、彼は「聖女」として、そして何よりも「愛しい人」として受け入れてくれた。
ある日、王都から使者がやってきた。ジュリアン王太子とセレスティアが、辺境伯領の奇跡的な復興を聞きつけ、私の力を利用しようとやってきたのだ。彼らの顔には焦りの色が浮かんでいた。王都の土地は、私が追放された後、原因不明の病と呪いに蝕まれ始めていたのだ。
「レイラ!貴様の力が必要だ!王都を救うのだ!」
ジュリアンは傲慢に言い放った。その顔には、かつての自信は見る影もなく、焦燥と疲弊が色濃く刻まれている。セレスティアもまた、私を睨みつけながら「姉上、王家への忠誠を忘れたのですか?」と、震える声で偽善的な言葉を吐いた。彼女の純白のドレスは、王都の呪いによってか、薄汚れて見えた。
私はヴァレリウス様の隣に立ち、静かに首を横に振った。
「わたくしは、もはや王家の聖女ではありません。この身は、ヴァレリウス辺境伯に捧げられました」
私の言葉に、ジュリアンとセレスティアは顔色を変えた。彼らの顔から、血の気が完全に失われる。
「それに、王都を蝕む呪いは、貴方様方がわたくしを『闇の聖女』と断罪し、辺境に追いやったことで、王都の守護が失われた結果でしょう?自らの行いの報いを受けなさい」
ヴァレリウス様は私の肩を抱き寄せ、冷たい視線でジュリアンたちを見下ろした。その威圧感は、かつての「魔物」の噂を彷彿とさせるほどだった。
「私の愛しいレイラを、二度と傷つけさせはしない。貴様らの愚行の代償は、貴様ら自身で払うがいい。王都がどうなろうと、私には関係ない」
ジュリアンとセレスティアは、辺境伯の圧倒的な威圧感と、私の真の力、そして彼らの自業自得な状況に打ちのめされ、顔を真っ青にして逃げ帰っていった。彼らが王都でどのような末路を辿ったかは、もはや私の知るところではない。ただ、後日、王都が深刻な飢饉と疫病に見舞われ、王家が民衆の信頼を完全に失ったという噂が、辺境の地まで届いた。
その後、私はヴァレリウス様と正式に結婚した。辺境伯領は豊かになり、領民たちは私たちを心から慕ってくれた。ヴァレリウス様は、私を誰よりも深く愛し、惜しみなく溺愛してくれた。彼の隣で、私は初めて本当の幸せを知ったのだ。
「レイラ、愛している」
彼の優しい声が、私の耳元で囁かれる。私は彼の腕の中で、満ち足りた幸福に包まれていた。悪女と罵られた聖女は、真実の愛を見つけ、辺境の地で永遠の幸せを掴んだのだった。
「高橋クリスのFA_RADIO:工場自動化ポッドキャスト」というラジオ番組をやっています。
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