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第1章 焦香色の男 2

西湖の北岸にあるホテルとみまごうような瀟洒な病院で、騒ぎが起こった。入院患者の枕元のテレビモニターに、悍ましいホラーな映像が流れた。そんな幽霊騒ぎが起こる病院に、新聞記者孤堂駿介は取材に来た。


「九時に相手に会って取材か……」

 狐堂駿介はフルフェイスのヘルメットの中で呻いた。道路の上は風もなく、夏の日差しの照り返しで地獄の釜の中状態になっている。孤堂は百九十センチ、七十キロの自分の体を持て余していた。周りの車からの排気炎が充満し、空気も悪い。渋滞の車列の多くは乗用車なのできっとクーラーが効いているのだろうが、それゆえその排熱で周りの空気はねっとりするほど気持ちが悪い。狐堂はドカッティのバイクにまたがっているので、熱気からのがれようもない。

「何だってそんな時間にアポイントを取りやがったか」

 今回の取材の段取りをつけた大森に悪態をつく。狐堂は警視庁記者クラブに属する東洋新聞社の記者だ。とはいえ正社員の記者ではなく、契約社員であって、いわゆる非正規雇用である。ただし、肩書きとして社員同様の社員証と名刺は渡されている。

 記者クラブ詰のキャップの大森に命じられて山梨の富士五湖に来た。テーマは新しい病院経営のモデルになるホスピス併設の療養型病院のあり方と今後について。そこで現在注目されている西湖北岸の新しい病院を取材することになった。大森には電車を使えと言われていたが、最寄りの駅は私鉄富士急行線の河口湖駅で、東京練馬にある狐堂のマンションからだと、始発に乗らなくては間に合わない。しかし、狐堂はそんな早く起きるのはできれば避けたい。そこで狐堂は大森の指示を無視してバイクにした。バイクならば一時間半もあれば余裕で着くと踏んだからだ。もともと若いころ、暴走族にいた経験もあり、バイクの運転は得意だったが、もう少しで着くというところで国道が検問で封鎖され、にっちもさっちも行かなくなっていた。

「そこのバイク、こっちに」

 警官の誘導で脇に寄る。

「そのバイク、あなたのものですか」

「あぁ」

「失礼ですが、そのヘルメットを取ってください」

 丁寧な物言いだが、高圧的な態度だ。胸糞悪いが、狐堂は命じられたとおりヘルメットを外す。

「このバイク、どこで手に入れた」

 狐堂の顔を見るなり丁重な言い方が消えた。確かに狐堂の目つきは悪いし、いかにも険のある悪人面といってもおかしくない顔つきでは、担当者の口調が変わっても致し方ない。もっとも悪人っぽく見えはするが、ブ男というわけではない。男としては整った顔立ちで、怜悧という言葉が似合うニヒルな男であるが、いかんせん善人面ではない。警官にとって礼儀を尽くす必要性がない人種だと思われたらしい。

「盗んだのか」

「違う。神田のバイク屋で買った」

「バイクから降りて免許証をだせ」

 完全に悪人と扱われている。ちっと舌打ちして狐堂はバイクから降り、ライダースーツのファスナーを下ろした。鍛え上げられた筋肉の盛り上がりが、ファスナーの間から垣間見える。東京から二時間ほど走り詰めでいい加減、バイクを降りて休みたいとは思っていたが、こんな風に降ろされるのは気に喰わない。とはいえずっと熱気にやられていただけに風が吹きこんで気持ちがいいのは確かだ。胸のポケットから札入れを出し、その中の免許証を出す。

「住所は」

「そこに書いてあるだろう」

「住所を言いたまえ」

 完全な命令口調だ。

「東京都、練馬区……」

「名前は」

「狐堂駿介」

「年は」

「三十二」

「前科は」

「何だよ、この扱いは」

 さすがにここまで露骨に犯人扱いをされては、狐堂の堪忍袋の緒も切れる。

「今、このあたりで高級バイクばかり狙った盗難事件が多発している。その検問だ。今、お前のバイクのナンバーを照会しているところだ。確認が取れるまでに事情を聞いておこうか。こいつ、おまえのか」

「そうだよ。おれがこの前のボーナスで買った。まだ一年も経っていない。ローンも残っている」

「よくある言い訳だな。お前、どこの組のもんだ」

「東洋新聞社」

「はいはい、とうようしんぶんしゃ……ってお前、新聞記者か」

 狐堂はおもむろに写真入の社員証を出した。

「土屋警部補、そのバイクの照会が終わりました。練馬在住の狐堂駿介のものだそうです」

 ちょうどいいタイミングで部下らしき警官が報告する。

「というわけだ」

 狐堂はヘルメットを被ると土屋の持っていた免許証を奪い取り、さっさとバイクを走らせた。待ち合わせの時間はとうに過ぎている。


暴走族上がりの新聞記者、孤堂駿介登場。彼はこれからどんな事件に巻き込まれるのだろう。

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