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第2章 湊鼠の湖 6

西湖の北岸にある瀟洒な病院で怪奇現象が起こった。入院患者の大山源蔵はベッドの脇のテレビに映った悍ましい映像を見てパニックに陥った。そんな騒ぎを知らずに、病院の最新設備の取材に訪れた新聞記者孤堂駿介は大山の失踪に出くわし、捜索に参加する。しかし翌日、大山は水死体で見つかった。警察は自殺ということで処理したが、何か引っ掛かりを感じた孤堂はこの病院を調べることにした。この病院、兵頭総合病院では三年前に多額の保険金が絡む事故が起こっていた。


 メールは大森からのもので、中身はさっさと仕事を済まして帰れとある。後、もう少し病院の取材を詳しくしろとあった。

「へいへい」

 孤堂は携帯電話をマナーモードにしてポケットに入れると、湖上祭実行委員会の打ち上げ会場になっているホテルの宴会場に向かった。孤堂はナンパをしに来たわけではない。もっとも飲み会が仕事かといえば、いささか疑問だが、そんなところから仕事の糸口がつかめるのも確かだ。それに孤堂は飲み会が決して嫌いではない。むしろ大歓迎だ。

 一次会は堅苦しいお歴々の挨拶が主で、飲む時間がほとんどなかったが、二次会と称して若い連中が近所の飲み屋に誘ってくれた。祭りではどちらかと言えば下っ端、パシリに使われている連中だ。

 途中、繁華街で兵頭真人を見かけた。その脇に大山の息子らしき男がいる。孤堂の位置からでは表情は見えないが、二人でなにがしか話し込み、そのままバーに入って行った。孤堂はそのバーの看板をケータイの写真で撮っておいた。会員制と書いてあるちょっと気取った場所だ。

「あいつら、顔見知りだったのかな」

 親が入院しているのだから、顔を合わせたことぐらいあるのだろうが、父親の遺体が上がった日に飲みに行くとはちょっと解せない気がした。いつまでも店に入らない孤堂を祭りの連中がせかしたので、庶民的な居酒屋に入った。

「大変だったでしょう」

 孤堂はねぎらいの言葉をかけてビールを勧める。

「ま、祭りは若い人間が支えていますからね」

「そうそう、おれたちがいなけりゃ何もできないんですから」

「座っているだけで何かぶつぶつ言ってるおっさんたちに何ができるんだよ」

 同感だと孤堂は思う。大森のようにずっと椅子に座っていて記事が書けるか、足で書くんだよと孤堂は心の中で吠える。もっとも若い連中の愚痴というものは上役のこき下ろしと相場が決まっている。本当に上の人間が無能かどうかは関係がない。

「おれたちがいるから樹海の死体だって浮かばれるんだよ」

 一人がおかしなことを言いだした。

「それってどういうことです」

 孤堂の食指が動く。

「樹海って自殺の名所でしょう。あれの死体、おれたちが捜索に協力しているんだよ。死体を見つけて運び出し、葬式出して埋葬する。成仏してもらうためにね。おれたちがしなきゃ、爺さんたちにあんな中に入れって言えないでしょう」

「じいさんたちを入れたら、姥捨て山だよ」

 皆がどっと笑う。

「中に入ると磁石が利かないから出てこられないということですか」

 うっそうとした森の中、方角がわからなくなる。頼みの綱の磁石も、磁性を帯びた岩があるので使えないと、よく聞かされた。

「いや、出てこれるよ」

 けろっとして一人が言う。

「だって磁石が狂うって」

「それ、嘘」

 別の男も笑っている。

「あのあたりの岩って磁性を帯びているのは確かだよ。でも磁石を狂わすほど強いものじゃない。ま、直接岩にくっつけたらそれなりに影響はあるだろうけど、磁力って距離の二乗に反比例するんだよ。だからちょっと岩から離したら影響はない」

「はあ」

 孤堂は今までの常識がひっくりかえったような気がした。

「それって誰でも知っていることですか」

「ここらの人はみんな知っているでしょ。ときどき青木が原樹海の特集やってて、レポーターが磁石のことを言っているのを聞いてこちとら、大笑いしているのさ」

 でもどこかの誰かが磁石が狂うとか本に書いていなかったか。それを鵜呑みにしている人間が日本の大多数だ。まあ、わざわざそれを確かめに磁石を持って奥まで入っていく人間はそうそういないだろうが。

「ま、自殺するやつがいちいち地図と磁石を持って入るとは思わないから、みんなが勘違いしていてもどうってことないんじゃないかな」

 能天気に誰かが笑う。樹海はかなり誇張されて喧伝されているらしい。樹海と言っても海ほどの規模ではない。かつては国道すら樹海の中はうっそうと木が覆いかぶさるようだったそうだが、今はすっきりと伐採され、国道沿いはただの森になっている。

「あの程度の森は他にいくらでもあるでしょう。何もわざわざこんな所に来て死ななくても、うっそうとした森くらいちょっと探せば方々にありますよ。迷惑だから他で自殺してほしいくらいです」

 酒が進むと男たちは勝手な事を口にする。捜索のついでにキノコを取っただの、観光客の女の子に声をかけるだの、話はそれていき、そのうち孤堂の意識もわけのわからない方向に向かっていった。


事件の進展は何もない。疑惑の自動車事故、でも巷は至ってのんびりしている。日常の中に事件は潜むってことは大抵はない。疫病神のような事件に出くわす体質でもなければ。孤堂駿介はその疫病神なのか。

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