1.6侵蝕は、隣から
桃太郎2025 -Re:Start-
第一話:目覚めのきびだんご
第6章:侵蝕は、隣から
それは、“あの日”から二日後の朝だった。
モモは手の甲を袖で隠しながら、教室に入った。
あの時の光は、もう出てこない。けれど、うっすらと熱が残っている気がして――落ち着かなかった。
「ケン……今日も来てないな」
あの日以来、ケンは口数が減ったどころか、ついに姿を見せなくなっていた。
保健室で休んでいると噂する者もいれば、体調不良で自宅療養と信じている者もいた。
だがモモには、それが“何かが起きている”としか思えなかった。
「体調でも崩したのかな」
隣の席でサルサがつぶやく。その目は画面のログ解析を見ながらも、どこか曇っていた。
放課後、モモは意を決してケンの家を訪ねた。
チャイムを押すと、数秒してドアがゆっくり開いた。
「……モモくん?」
ケンの母親が顔を出す。
だがその笑顔は、どこか作り物めいていた。瞳の奥に、焦点がなかった。
「ケン……いますか?」
「今日は、ちょっと……寝てて……」
そう言って扉が閉められそうになったとき、背後から低い声が響いた。
「モモ……」
ケンだった。
その声に、モモはすぐ気づいた。けれど、顔を見た瞬間、心の奥がぞわりと波打つ。
「おい、なんだその目……」
目の奥が、濁っていた。光が吸い込まれていくような、深く、黒い闇。
「……大丈夫だよ、モモ。……お前もすぐ、わかる」
「ケン、お前……!」
モモは思わず一歩引いた。
キビの声がイヤホン越しに届く。
「オニコード感染の可能性があります。低密度浸透型。本人の意志を保ったまま、外部から感情を“補強”されています」
「つまり、操られてるってことか?」
「いいえ。“同調”です。“従っている”のではなく、“納得している”のです」
その言葉が、モモの中で何かを切り裂いた。
「ふざけんな……ケンが、そんなわけ……!」
「俺は、怖かっただけだよ」
ケンはぼそりとつぶやいた。
「屋上のこと……お前が何かやったんだって、気づいてた。でも、俺には何もできなかった。あんな力、見せつけられたら……」
拳を握るモモの手が、小さく震えた。
「俺は……ただのお前の友達でいたかったんだよ……」
そして、ケンは微笑んだ。
「でも、もう戻れねぇってことも、わかってる」
そのままドアが、音もなく閉じられた。
モモは拳を握ったまま、動けずにいた。
「キビ……ケンを、どうすればいい」
「彼は、まだ“完全な侵蝕”には至っていません。救出の可能性があります。ですが、それには……」
「戦うしかないんだろ」
「……はい」
モモは空を見上げた。
風の中に、あの“したがえ”の声が紛れ込んでいた。