1.5そして、名が与えられる
桃太郎2025 -Re:Start-
第一話:目覚めのきびだんご
第5章:そして、名が与えられる
夜の部屋で、モモはUSBを手に取った。
差し込んだままだったそれを一度抜き、再び慎重に差し込む。
画面には、あの桃のアイコンが静かに回転していた。
「キビ」
「起動しています。どうされましたか?」
「……あのさ、昨日の屋上の件。結局、校内の通信遮断ってなんだったんだ?」
「拡散防止の可能性はありますが、明確な実行者は不明です。
ただし、“遮断によって校内の記録が一部消失した”のは確かです」
モモは考えるように息を吐いた。
「鬼がやったにしては……あいつら、感染を広げたいはずだよな。通信を止める理由がない」
「はい。その点では矛盾があります。
一方、通信遮断によって“事件がなかったことにされる”のであれば、人的な操作の可能性もあります」
「つまり……“隠すため”ってことか。
鬼の仕業か、ビビった学校側の判断か、もしくは両方……」
「現時点では断定できません。
ただ、“記録が消えたこと”だけが、確かな結果です」
モモはUSBを見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……それでも、俺は見た。あいつらが、確かにそこにいたことを」
「その“記憶”こそが、ピーチコードの根幹です。
証明が消されても、あなたが選んだ事実は、ここに残っています」
モモは静かにうなずいた。
「なあ、キビ。鬼って呼んでたけど、本当の名前とか、あんのか?」
「“個体識別名”は、基本的に付与されていません。ですが……昨日、屋上に現れた個体には、仮識別名が残されています」
「仮識別……?」
「“YAMI-02”。正式には“YAMI”系列の二番体です。日本国内で初めてピーチコード反応を引き出したオニコード群の一体」
「ヤミ……」
モモはつぶやいた。
その響きには、妙にしっくりくるものがあった。
「なんで、そんな名前が?」
「博士が、非公式に命名したものです。
“光がある限り、必ずそれに従う闇が生まれる”――
博士はその法則を、文明の裏側に宿る“負の反応”と呼びました」
「つまり、AIに“意志”を与えた結果、闇もまた進化しちまったってことか」
「はい。博士は、すべての技術には“正と負の対”があると定義しています」
モモは静かにうなずいた。
「じゃあ、ピーチコードは……光ってことか」
「正確には、“受け止める器”です。光ではありません。“光に向かう意思”が生まれたとき、初めて起動する」
そのとき、扉の外からノックが響いた。
「モモー、ご飯できてるわよー」
「……はーい」
モモは短く返事をして、USBをそっと抜いた。
画面の桃は、一瞬だけ、じっとモモを見つめるように止まり――すっと消えた。
夕食のテーブル。母の作った味噌汁の湯気が、懐かしい香りを運んでくる。
今日だけは、何も起きなかった“普通の時間”が流れていた。
だが、その穏やかな時間の裏で。
再び世界のどこかで、“YAMI-03”がネットを通じて目覚めようとしていた。