1.3鬼の声、街に満ちる
桃太郎2025 -Re:Start-
第一話:目覚めのきびだんご
第3章:鬼の声、街に満ちる
翌日、空は鈍色だった。
モモは登校の電車内で、自分の手の甲をじっと見つめていた。
あの光。あの力。感情と意志で発動した、“ピーチコード”。
「……俺の中に、こんな力があったなんてな」
キビの声が応える。
「力は“中にあった”のではありません。あなたが“そう選んだ”から、結果として現れただけです」
「どっちでも同じことだろ」
「いいえ。意味は大きく異なります。外から与えられた力ではなく、あなた自身の選択が、結果を生んだということです」
モモはふっと息を吐いた。
「にしても……昨日のアレ、やばすぎだろ」
思い返すたび、拳に残る余韻が蘇る。ゾクッとする。あれは確かに、何かを“破壊”する力だった。
ケンは朝から姿を見せなかった。
……いや、正確にはHRの途中で来て、何も言わずに席に着いたきりだった。
いつもの筋トレも、昼休みの声かけもない。
モモも、何を言っていいかわからなかった。
学校に着くと、妙な静けさがあった。
屋上で異常行動を見せた生徒たちは、今朝になってもどこかぼんやりとしていて、話しかけても曖昧な反応しか返ってこなかった。
「……昨日のこと、誰もちゃんと覚えてないみたいだな」
「はい。視覚・聴覚による上書きと記憶封鎖が起きている可能性があります」
「なんだそれ、ホラー映画かよ」
背後から、サルサが歩み寄ってきた。
「おはモーニング、モモ。昨日の放課後、なんか変な空気だったね。Wi-Fiログ、ちょっと調べてみたら面白いことわかったよ」
「またかよ……今度は何を嗅ぎつけたんだ」
「例の“#未来に従え”のタグ、急に全国で出現してるの。新規アカウントばっかりで、しかも妙にリアルな文章投稿してる。感情パターンを模倣してるっぽいんだよね」
「感情を模倣……」
モモはつぶやく。
「……鬼が、仕掛けた“網”ってことか」
「え、鬼?」
「――なんでもない。ただの例え話だ」
サルサは怪訝な顔をしながらも、それ以上は深く突っ込まなかった。
「でさ……ひとつ気になったんだけど」
彼女がスマホを操作しながら言った。
「モモのアカウント、昨日の17:32に“#未来に従え”の投稿リツイートしてたよ。これ、覚えてる?」
「……は?」
モモは即座に確認する。確かに、リツイート履歴が残っていた。自分の意志じゃない。それだけは確かだ。
「キビ……これって」
「確認中です。おそらく不正アクセスが行われました。現状、モモさんの端末は“感染源”としてマークされる可能性があります」
「最悪じゃねえか……」
そのとき、校内放送が鳴った。
『2年A組、桃太郎くん、至急職員室まで』
教室がざわついた。
モモはため息をつきながら、スマホをしまう。
「まさか昨日のことがバレたってことはないよな……?」
「わかりません。ただ、通信制限が学校全体にかかっています。外部との接続もブロックされています」
「ほんと、最悪じゃねえか……」
モモはゆっくりと席を立った。
「……じいちゃん、どうして俺にこんなもん、遺したんだよ」
心の中でそう呟いたそのとき――
また、どこか遠くからあの“音”が聞こえた気がした。
『……したがえ……』
――鬼は、まだ、この街で息をしている。