1.0祖父の死と静かな違和感
桃太郎2025 -Re:Start-
第一話:目覚めのきびだんご
プロローグ:祖父の死と静かな違和感
その日、空は異様なほどに青かった。
桃太郎――モモと呼ばれる高校二年生の少年は、東京都心の高層マンションの一室にいた。祖父・桃川賢一の訃報が届いたのは、ほんの三日前。病院で静かに息を引き取ったという。
祖父は、かつてAI技術の第一線で活躍した研究者だった。国内のAI基盤を設計した張本人として、一部の専門家には名を知られていたが、家族の前ではただの穏やかで無口な老人だった。
モモにとって祖父は、子どものころからどこか不思議な存在だった。目を見れば、すべてを見透かされているような気がした。彼の語る未来の話はどれもSFのようで、それでも妙に説得力があった。
モモが最後に祖父と交わした言葉は、意味深で、そして忘れられないものだった。
「モモ、お前の中には希望がある。だから、その時が来たら、きっと気づくはずだよ」
その言葉を聞いた直後、祖父は静かに目を閉じた。
モモは机に並べられた遺品の中から、古びた木箱を見つけた。鍵はかかっていなかった。箱を開けると、そこには一つのUSBメモリが収められていた。
無機質な灰色の筐体。その表面には小さく「PEACH-CODE」と刻印されていた。
「……なんだこれ」
モモは手に取って、USBを眺めた。何かのデータか? 研究用のメモか? それとも……。
祖父の葬儀は、親族と数名の研究者だけでひっそりと執り行われた。大々的な追悼はなかったが、モモはその静けさにむしろ心が落ち着いた。
その日を境に、モモの中にわずかな違和感が生まれ始めた。
テレビのニュースでは、不可解な事件が増えつつあった。急に暴れ出す人々、無言で駅のホームを歩き続ける若者、目の焦点が合わないまま笑い続ける子ども。
「一時的なストレス反応です」「SNSによる心理誘導の影響でしょう」
専門家の解説はどれも現実味を欠いていた。
――そんな中、モモのスマホに、差出人不明のメッセージが届く。
『起動の準備は整いました。KIBI_DANGO.EXE を実行してください』
差出人は“k.k.momo”――祖父の使っていたメールアドレスだった。
USBを手に、モモは自室のPCの前に座る。
「……まさか、ね」
彼は深く息を吸い、USBをポートに差し込んだ。
画面がブラックアウトし、次の瞬間、ディスプレイに一つのアイコンが浮かび上がる。
桃の形をした、それはどこか可愛らしくも不気味な存在感を放っていた。
『KIBI_DANGO.EXE』
モモは、クリックする。
そして物語は、音もなく動き出した。