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喫茶星の雫  作者: shade
3/13

喫茶星の雫-case03-猫には猫のルール

 店の前の石畳に、今日もあの猫がいた。


 白と灰の混じった毛並み。細身で、目だけが妙に賢そうな猫。

 薪ストーブの煙突から立ちのぼる煙の下、日だまりの真ん中で堂々と丸くなっている。


「……おはようございます。えっと……会長さん?」


 さくらが声をかけると、猫はちらりと目を開けた。

 だがそれだけ。あとはすん、と顔を背けて、前足で顔をぺろぺろ舐めはじめる。


「無視……。昨日は“シロ”って呼ばれてたと思うんだけど……」


 猫は店の中に入ってこない。

 誰に飼われているわけでもない。でも、いつもいる。

 まるでこの店の空気の一部みたいに、当たり前に。


 さくらが掃除を終えてカウンターに戻ると、ママさんが笑っていた。


「あの子ね、うちの猫じゃないのよ」


「えっ、違うんですか?」


「最初に見かけたのは……もう十年くらい前かしら。ふらっと来て、帰らなくなったのよ。だから、みんな勝手に名前つけてるの」


「じゃあ、“会長”も?」


「ええ、“会長”、“ゴロー”、“班長”……最近じゃ“チーフ”って呼ぶ人もいたわねぇ」


「役職ばっかり……」


 ふたりでくすくす笑う。

 その間も猫は、店のドアの前から一歩も動かない。


 ちりん。

 ドアのベルが鳴り、小さな来客が入ってくる。

 「こんにちはー」

 ママさんが「いらっしゃい」と笑顔で応え、さくらもぺこりと頭を下げる。

 猫は目を細め、ちらりとだけ振り向いて、また寝たふりをする。


「中に入ってこないんですね」


「そうねえ。ドアが開いても、決して入ってこないのよ。不思議と」


「ルール……ですかね」


「猫には猫のルールがあるのかもね。人間にはわかんないけど」


 その日の営業が終わる頃、さくらはふとドアの外を見た。

 もう陽は傾き、石畳の上には猫の影がのびていた。


そのとき、厨房の方でマスターが静かに立ち上がる。

無言のまま、手にしていたのは——小さな器。

中には、ごく薄いスープに、細かく刻まれた鶏肉と人参が浮かんでいた。


マスターはそのままドアのすぐ外、猫がいつもいる場所にそっと器を置いた。

そして、何も言わずに戻ってくる。


ドアの向こう。猫は、のそのそと近づき、器の中をのぞき込む。

ぺろり。

それから一口、もう一口。


「……やっぱり、ここの常連なんですね」


さくらはつぶやいた。

マスターは何も返さなかったけれど、その背中はほんの少しだけやさしく見えた。

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