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喫茶星の雫  作者: shade
11/13

喫茶星の雫 -case11- そこにいた記憶

 朝の店内は、ほんの少し湿った空気に包まれていた。

 昨夜の雨の名残が、石畳にまだ残っている。

 さくらは、窓の曇りを拭きながら、昨日の味を思い出していた。


 ——あのボロネーゼ。

 香り、味、そして食べたあとに残った“なにか”。


 もう一度食べたい、と思った。

 でも、それよりももっと強く、「もう一度あの記憶に触れたい」と思っていた。



 開店準備の合間。

 カウンター下の棚を整理していたさくらは、紙ナプキンのストックの奥に、平たいものがあるのに気づいた。


 小さなアルバム。

 表紙には、手書きで「星の雫 開店当初」とだけ書かれている。


「……ママさん、これ……見てもいいですか?」


「あら、懐かしいもの出てきたわね。いいわよ、見てみて」


 さくらはそっとページをめくる。

 そこに写っていたのは、15年前のマスターとママさん。

 今より少し若くて、少しだけ固い表情。


 その背景に——


 小さなテーブル。子ども用の椅子。


 さくらの呼吸が止まる。


(……この椅子、見たことある)



「ママさん」


 開店準備の手を止め、さくらがぽつりと声をかける。


「……私、もしかしたら……昔、ここに来たことがあるかもしれません」


 ママさんは手を止め、写真を覗き込んだ。


「……あら、そうなの?」


 それだけだった。

 追いかけるような言葉も、問い返しもない。


 ただ、静かに——さくらの言葉を、そのまま受け取った。



 その日のお昼前。

 いつものように、ランチの札が裏返された。


 マスターは厨房に立ったまま、ふとポケットから小さな写真を一枚取り出す。

 レジ横のカウンターに、それを無言で置いた。


 さくらが見たその写真には、昔のマスターとママさんの背後に、

 赤いリュックを背負った、小さな女の子の姿が写っていた。


 顔はぼやけていて、はっきりとはわからない。


 でも、どこかその横顔が——今のさくらに、よく似ていた。



 店の外では、猫が扉の前で丸くなっていた。

 ランタンの灯りが、その白い毛にふんわり映えていた。

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