喫茶星の雫 -case11- そこにいた記憶
朝の店内は、ほんの少し湿った空気に包まれていた。
昨夜の雨の名残が、石畳にまだ残っている。
さくらは、窓の曇りを拭きながら、昨日の味を思い出していた。
——あのボロネーゼ。
香り、味、そして食べたあとに残った“なにか”。
もう一度食べたい、と思った。
でも、それよりももっと強く、「もう一度あの記憶に触れたい」と思っていた。
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開店準備の合間。
カウンター下の棚を整理していたさくらは、紙ナプキンのストックの奥に、平たいものがあるのに気づいた。
小さなアルバム。
表紙には、手書きで「星の雫 開店当初」とだけ書かれている。
「……ママさん、これ……見てもいいですか?」
「あら、懐かしいもの出てきたわね。いいわよ、見てみて」
さくらはそっとページをめくる。
そこに写っていたのは、15年前のマスターとママさん。
今より少し若くて、少しだけ固い表情。
その背景に——
小さなテーブル。子ども用の椅子。
さくらの呼吸が止まる。
(……この椅子、見たことある)
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「ママさん」
開店準備の手を止め、さくらがぽつりと声をかける。
「……私、もしかしたら……昔、ここに来たことがあるかもしれません」
ママさんは手を止め、写真を覗き込んだ。
「……あら、そうなの?」
それだけだった。
追いかけるような言葉も、問い返しもない。
ただ、静かに——さくらの言葉を、そのまま受け取った。
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その日のお昼前。
いつものように、ランチの札が裏返された。
マスターは厨房に立ったまま、ふとポケットから小さな写真を一枚取り出す。
レジ横のカウンターに、それを無言で置いた。
さくらが見たその写真には、昔のマスターとママさんの背後に、
赤いリュックを背負った、小さな女の子の姿が写っていた。
顔はぼやけていて、はっきりとはわからない。
でも、どこかその横顔が——今のさくらに、よく似ていた。
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店の外では、猫が扉の前で丸くなっていた。
ランタンの灯りが、その白い毛にふんわり映えていた。




