異世界転生は二度目です
気が付いたら水平線しか見えない謎の空間にいた。
謎の女と椅子に座って二人で向かい合っていた。地面などなく空中に浮いているようにしか見えない。透明な床でもあるのだろうか。
俺、江空出ナイは日本で立派に不登校をしていたはずなのだが突然の死。雑な対応で草原しかない異世界に送られナイトシュバルト・ホームボディなる少年に転生する。怒りに身を任せ昼寝をしていたところ夕刻、謎の悪魔怪獣たちに襲撃され気が付けばここにいた。あの影法師どもにキレイさっぱり殺されたのだろう。何が何やらさっぱりだ。
このクレームが正当なものなのか自信はないが・・・もう少し普通の異世界転生をさせてもらえないだろうか?まさか平原だけで、それも初期地点から半径2mの円内だけで異世界転生が終幕するとは思っていなかった。
それも割と意識が断続的だったので体感一時間弱で帰ってきた形である。
形容しがたいほどグチャグチャになった感情を爆発させずにいるのは目の前の女の第一声に興味があるからだ。
一人目の女は「初めまして。そしてさようなら、あなたにはこの宇宙と異なる世界へ転生してもらいます」だ。一言一句覚えている。
「あ・・・」
あ?
「あなたは不幸にも若くして亡くなられてしまいました。そ、その麗しき魂に救済を与えるのが我らがつとめ。どうでしょうか、安寧の待つ天国ではなく、第さn・・・第二の人生をこことは異なる世界で謳歌いたしませんか?」
一見おかしなことは何もない。冷や汗がダラダラと流れ、きらびやかな金の長髪が頬に張り付いている点を除けば。その目が一向に俺の両の目を見ない点を除けば。第二の人生をさりげなくノーカンにしようとする厚かましさを除けば。つまりは有罪。
「チェストおぉぉぉぉぉぉ!」
「わあああ!?とびげりはやめてください!」
華奢に見えた女だったが片腕で難なくキャッチされ、俺はそのまま重力に従って頭から地面に――ぶつかることなくダラリとぶら下がった。ぶつかる前に持ち上げられたのだろう。どこからそんな膂力が?
「お願いです!話を聞いてもらいませんか!?腹を割って話しましょう!」
「だから今お前の腹を蹴り割ってやろうと飛び蹴りかましたんだよ!」
「わ、私のお腹はそんなバキバキじゃないです!」
「腹筋の話はしてねぇよ!?」
「女神の身体を人間の攻撃ごときで割れるわけがないでしょう!?」
人に限らず、神でさえもお互い頭に血が上っていると建設的な会話は不可能なのだなと知った瞬間であった。
一旦冷静になろうという事で二人で席に着く。
「悪かったよ、議論なんて野蛮なことをする前に穏便に暴力で済ませたかったんだ。白黒が短時間ではっきりつくからな」
「黒が白になるリスクについては・・・い、いえなんでもありません。・・・ちょっとこのひと怖いかも」
女神が小声で何かつぶやいているが意図的に聞き取れなかった。仕方ない。
フィジカルで勝てない以上こちらも言葉で応戦するほかない。現代でも猛威を振るう凶器だ。できれば使いたくはなかったが・・・
「それで、釈明を聞こうか。死地に何の説明もなく、未熟な少年のまま単身で放置した釈明を」
「何のことか本当にわからないので一応言わせていただきますとあなたの最初の転生に関わった女神と私は別の管轄です。日本からあなたを別世界へ送るのが彼女の仕事で、私の仕事はこの世界の迷える魂の救済ですので」
コホンと手を口に添えながら女神とやらは語る。
なるほど、どうやら俺はあの世界で二度目の死を迎えた後にここに召されたという訳だ。姿かたちが少年のままであるのには得心がいった。
にしたって死までのスパンが短すぎるが。
「まぁ、その、なんだ。いきなり飛び掛かって申し訳ない。だが無関係なら聞きたいんだが俺がこうしてここに居る理由はなんだ?まさかまた転生しろとは言わないよな?」
「そのまさかです」
ずいっと身を乗り出して女神は答える。冷汗は既にひいていた。
「こういうのって大体一回だけチャンスをもらえるのが相場だと思っていたよ。いや割と理不尽なアレをチャンスと認めるのに抵抗はあるけどさ」
「私は慈悲と公平を司る女神ですからね。あのような魔境にて朽ちた魂に機会を与えるのは当然のことです」
魔境・・・?だいぶ平和な大地に見えたがラスボスとの決戦前みたいな場所だったりしたのだろうか。無力な少年が数時間昼寝ができるほどである。
だが俺は転生などごめん被りたいのが本音だ。
「悪いけどもう転生なんて願い下げだね」
「どうしてですか!?せっかくもう一度やり直せるんですよ!かなわなかった恋やなりたかった自分、記憶だってそのままだし絶対一回目の人生より上手くいきますって!」
「ふっ、なにもわかってないな」
「・・・そ、それは、どういう意味でしょうか」
確かに普通ならば初見プレイより二回目三回目の方がうまくいく。人とは学習する生物であり、経験値を積めば積むほど体内に存在する各神経細胞間の神経回路は最適化されていくからだ。収斂され、より効率化された神経回路は脳と体への負荷を減らし、行動が効率化されたその人間は日々の質が上がっていく。この積み重ねがおよそ「幸福」と呼ばれるものに繋がっていくのだろう。
そしてこれは『負の経験値』にも同じことが言える。
仮に、だ。仮に毎日嫌なことから逃げ続けその逃避先としてゲームやネットサーフィンをしていたとする。脳はストレスから解放され、それら娯楽を消費している間、ドーパミンの分泌が促進される。
ここまではいい。誰だって何かを支えに生きている。どこにでもありふれた現代人だ。だが度が過ぎるとどうなるか。
脳はこれらの行為以外でのドーパミン分泌量が低下していく。いや、正確には「ゲーム」におけるドーパミンの分泌量が他の活動に比較して多くなるのだ。「ゲーム」というものは開発者が存在し、プレイヤーに長く楽しんでもらう工夫にあふれている、現実と違って。
長く苦しい努力が報われるかもわからないリアルよりもお手軽に快楽が、つまりドーパミンが手に入る活動に人間が傾倒してしまうのは道理である。何もゲームに限った話ではない。わかりやすい例ならドラッグもそうであるし恋愛がそうである人間もいるし、ホストやキャバクラでもとにかく投じたコストが(本人視点では)すぐに返ってくる活動であればたいてい該当する。
江空出ナイにとってはそれがゲームであった。
勉強、交友関係、ファッション、スポーツetc。あらゆる活動に対する気力が削がれパソコンに向き合う時間以外は寝ころぶことが常態化した怠惰の化身。こんな精神性を引っ提げて転生だと?どんなチートスキルを貰っても負け確である。まっさらな状態で転生した方がまだ勝ちの目があるというものだ。
「で、でも今のあなたは結構かわいらしい顔立ちですよ?将来はきっとイケメンです!」
「顔が良くてもなんかいけ好かない奴っているじゃん?」
表情というのはつまるところ顔の筋肉であってよく使う筋肉と使わない筋肉の差が好青年と憎たらしい青年を明確に分ける。そしてその表情とは結局のところ心から発せられるものであるのでツラだけよくても真のイケメンたりえないのだ俺では。
俺はつらつらと、いかに俺という人間の転生が無謀であることを目の前の女神に語ってみせた。
結果はどうであろうか。
「う、うわぁ・・・」
ドン引きである。
「なんというか、今までネガティブな方は何度かお会いしましたが・・・根拠持ち出して自虐で吹っ切れてる雰囲気の中に微妙に自分を諦めたくない感じがしてとても接しづらいです。もっと前向いて生きませんか?」
「死んでんだよ」
しかも二度。
しかしこの神、嫌に洞察が鋭い。図星を指されたようで心がきゅっと縮んだ。
ニートは打たれ弱いのだ。
「しかし大丈夫ですよ。なぜなら転生したらその神経回路?とやらもリセットされるじゃないですか!」
「・・・た、確かに!?」
考えた事もなかった。確かに「俺」という精神が優れた体に入ったところで意味はないと考えていたが、神経回路がリセットされた肉体を手に入れれば自堕落な自分を変えられる可能性は高い。
「しかも新鮮な脳で学習経験?もまっさら!」
「お、おぉ」
「加えてイケメン!家柄もいいです!」
「おおぉ!」
「さぁ、あなたも剣と魔法の世界でなりたい自分に!!」
「いややっぱり現代日本がいいわ」
「そんな!?」
人類史で最も発達した環境を抜け出して何が悲しくて不便な世界に身を投じようと考えるのか。
都市部の人間が考える「田舎でのんびり暮らしたい」くらいの感覚だろうか。一年たたず嫌気がさすだろうし嫌にならないアウトドア志向の人間はニートなんてやっていない。
「異世界転生させたいならもう少しリサーチすべきだったな。まぁ管轄が違うあんたに言ってもしょうがないんだが」
「いえ!女神の直感が言っています。あなたは転生すべきです!」
「はぁ?話聞いてたろ。もう俺はいいよ。ここで終わってもあんま悔いは無いっていうか」
やりたいゲームや読みたい漫画など色々あったが、正直もう一回生き返って現実に苛まれながら読みたいとは思わない。「もういい」。なんか胸にストンと落ちた気がする。
「うん、そうだ。天国だっけ?そこにおくってくれよ。まぁあんたの評価基準で俺が天国とやらに行ける自信はないがな」
徳など積んだ覚えがないからだ。どちらかといえば親不孝で差し引きマイナスまである。
地獄なんてできれば行きたくはないが・・・
「そんな悲しい終わりはダメです」
そんな戯けたことを考えていると女神がわなわなと震えながら言った。
思ったより力強い返事が返ってきて驚いてしまった。
「あなたの幸福を否定する気はない。もし本当に悔いは無いと思っているなら良い。でも、最初から諦めて、自分には何もないなんて言わないで。ダメ!」
「い、いやでも、いったろ?異世界なんぞより現代日本のほうがいいって」
「あなたが本心からそう思っているなら権限の許す限り私だって尽力します。でもあなたからは『生きることに対する諦め』が随所から読み取れます。女神舐めないでください・・・!」
一人目の女神とはえらい違いだ。世界そのものが管轄である彼女だ。毎日いくら人死にが出ているか見当もつかないが、一人一人にこの熱量で向き合っているのだろうか。だとしたら、それは、とても大変なことだと足りない頭でもわかる。
転生させて何の目的に利用するつもりなのかと勘繰っていたのもばからしくなってきた。
不思議なもので、彼女は本気で言ってるのだろうと感覚でわかる。これで嘘だったら大した役者だと感心するところだ。
慈悲と公平を司る女神か・・・
「もし、生まれ変わるなら――――」




