初めての街、ウェルガム
一時間ほど走っただろうか、果てなく続くと思っていた地平線に稜線が見え始めた。
「あっ! ウェル山脈です。もうこんな所まで来たのですね」
「知ってる山なんだ。街までどのくらいで着くかわかる?」
「あの麓にウェルガムという街があるので、この調子で行けば1、2時間くらいでしょうか」
「思ったよりも早く着きそうね」
昨日聞いた時はキャンプ地から半日くらいかかるって話だったけど。まあ馬車と車じゃ予測もズレるか。
なんとか車の燃料が尽きる前に街へ辿り着けそうでよかった。相変わらずメーターは八割のままだけど。
そこからさらに30分ほど走っていると隆線の麓に一風変わった景色が微かに見えた。山をなぞるようにして人工的な壁が伸びているのだ。
あれはもしや、異世界モノでよく見る防壁に囲まれた街では?
ああいう地域特有の建造物が近づいてくると否応なしにワクワクしてしまう。日本にもダムとかあるけど、まだ遠目からしか見えていない状態でも比べ物にならないくらい規模が大きいのがわかる。
これは到着が楽しみだ。そう思う私とは裏腹に、ルルーベルは少しだけ表情を曇らせていた。
「元気なさそうだけど、どうかした? 疲れたなら寝ててもいいよ。まあ1時間も寝られないかもだけど」
なんだかんだ盗賊に追われて訳のわかんない女と変な乗り物で移動しているのだから精神的に疲れていても不思議じゃない。
見知った場所に来た時の疲労感は長時間運転で帰宅するときに何度も経験しているから辛さは理解できる。特に残り1時間のしんどさと言ったら……。
「あ、いえ。そういうわけじゃ……すみません、お気になさらないでください」
そう言ってルルーベルはフードを被ってしまった。
そういえば亜人種に対して当たりが強いみたいなことを言っていたし、人の多いであろう街が近づいて緊張しているのかも。
こればっかりは私にはどうしようもできないな。せめて少しでも心の準備をするための時間を取ってあげようと、私は若干、速度を落としながら街へと向かう。
街に近づくとちらほらと耕された地肌が現れ始める。
田畑かな。柵みたいなのはなかったけど、魔物とかは大丈夫なのかな。街は結界で護られてるって言ってたし、この辺りは結界の影響下にあるんだろうか。
そんなことを考えながら田畑の間を走行していると、作業をしていた人たちが顔を上げて不思議そうな眼差しを向けてくる。
眼が合った人には笑顔で会釈するも、慌てて顔を逸らされた。
得体の知れない物に乗っているとはいえ、その反応は普通に傷つくな。
人の往来が出始める所まで来ると遠くで見えていた壁はかなりの存在感になっていた。予想した通り、街を囲う防壁みたいだけど壁の外側にも街が形成されているみたいだった。
ひとまず道なりに進んで行き、防壁外の街がいよいよ目前に迫った所で、街の方から10人くらいの集団が歩いてくる。
「わっ! 騎士団だ!」
前から歩いてくる集団は揃って仰々しい鎧を身につけていた。どこかに行くのだろうかと、車を避けようとしたタイミングで先頭の男が大声で叫んだ。
「そこの荷車! 止まりなさい!」
一瞬、誰に行っているのかわからず辺りを見渡したすも、該当しそうなのが私しかいなくて慌ててブレーキを踏む。
同時に騎士たちも立ち止まり、2人が代表するように近づいて来た。騎士たちの手は腰の剣に添えられていて、とても警戒しているのだとわかった。
これは、対応を間違えるとヤバいかもしれない。
緊張しながら、私は開けっ放しの窓から顔を出してニコリと、営業スマイルを浮かべて2人の騎士を迎える。
「こんにちは。私に何か……?」
「見たことのない物に乗っているが、何者だ? 商人か? 身分証を見せろ」
「あ、えっと……」
身分証、と言われて固まる。免許証でいいかな。いいわけないよね……。
「我々は魔法教団の者です。ユーハット司祭を呼んでいただけませんか?」
しどろもどろになる私の代わりにルルーベルが言った。
「ん?」と騎士は声の主を確認しようと中を覗き込んでくる。
「……確かに、その装いは魔法教団のものだな。巡礼に来るとは聞いているが、聞いていた予定より到着がかなり早いな。念のため、名前を教えてくれ」
「ルルーベル・ラ・アーニスです」
「わかった。すぐ確認しよう。しばし、ここで待て」
私たちに対応していた騎士は少し離れた所で待機していた騎士に指示を出す。
その中から2人が応えて街の方へ走っていく。けれど警戒が解かれたわけではないみたいで、相変わらず距離は空いているものの、騎士たちは車を取り囲むように待機していた。
道のど真ん中に車を停めちゃってるけど邪魔にならないのかな。まあ、車みたいな大型の乗り物はあんまりいないみたいだし問題ないのか。
それにしても騎士って初めて見た。全身鎧、カッコいいけど重くないのかな。
ぼんやりとそんなことを考えていると、車の真横で待機していた騎士が車をまじまじと眺め回しながら口を開く。
「しかし、不思議な乗り物だ。魔法教団はこんな魔導具まで所持していたのか」
興味本位だろうか、世間話みたいなトーンで話しかけて来る。騎士って結構厳格なイメージがあったけど、結構フレンドリーなんだ。
ルルーベルは答えようとしないので、代わりに私は愛想笑いを浮かべながら曖昧に返事を返す。
「えぇ、まあ……」
「護衛もなしに女子供だけで長旅とは、よほど優秀な魔導具のようだな」
あ、違う。これ疑われてるんだ。もしかして他国のスパイか魔物の類だと思われてる?
マズい、何か弁明しないと。
「そ、そうなんですよ。そんじょそこらの馬車とは比べ物にならないほどの優れものでして、へへ」
ヤバ、焦りすぎて三下みたいな感じになっちゃった。兜で表情は見えないけど、めっちゃ疑わし気な眼してるんだろうな……。
気まずい空気感の中、しばらく待っていると街の方から一風変わった人たちが歩いてくるのが見えた。ルルーベルと似たような服装を着た3人組だ。
フードで顔を隠している付き人っぽいのに挟まれて歩いているのが司祭かな。ちょっと装いが豪華だ。
ルルーベルも前方から歩いてくる人たち気づいたのか、ドアを開けて車から降りる。それに私も続いて運転席から降りて、やって来た人たちを出迎えた。
「お久しぶりです、ユーハット司祭。巡礼に参りました」
「ルルーベルですね。よくご無事で……そちらのお方は?」
「ボクの護衛を務めてくださったヤカタ・ユニ様です。詳しい話は教会で」
「……わかりました。では、案内しますので行きましょうか。騎士の皆様、知らせていただきありがとうございました」
「いえいえ、いつも巡礼ご苦労様です」
司祭と騎士は言葉を交わすと、騎士たちは街の方へと戻って行った。それを見送ってから司祭は私へ向き直る。
「ヤカタ様。お手数おかけしますが、教会までルルーベルを乗せて行ってくださいますか。その、街中を歩くのは……」
最後まで言わなかったけど、ルルーベルが街中を歩くのは危険なんだろう。
盗賊に襲われるくらいだもんね。治安も騎士はいるにしても日本ほど良くはないだろうし、安全確保をするに越したことはない。
私は笑顔で了承してルルーベルと共に車に乗り込む。それを確認して司祭たちは歩き始めたので、私も車を発進させる。
徒歩に速度を合わせて運転するのは少しもどかしいけど、後ろは荷物でいっぱいだから全員を乗せて行くわけにもいかなし、ここは我慢しよう。
壁外の街はお店が主体みたいで、品物を売っている屋台みたいなのがたくさん並んでいた。
道は狭いけど、車が通れないほどじゃない。人の往来は多いものの、司祭が先導してくれているからか、良い感じに避けてくれていた。好奇に満ちた視線を向けられるのは落ち着かないけど。
壁外街を進み、壁の通行を管理している門まで来る。
「おわー、凄い」
壁の足元まで来るとメチャクチャ圧巻だ。ダムとかは横や上を走ったりしたことはあるけど、こうやって真下から見上げるのは初めてだ。
いやー、絶景かな、絶景かな。
高さは30mくらいかな。こんな高い壁を山に沿って何kmも作るなんて相当な労力を要したに違いない。完成までに何年かかったんだろう……それとも魔法でちゃちゃっと作っちゃうのかな。
出入りを警備している騎士に司祭が話をつけて、私たちは壁の門を潜り抜ける。
こうして異世界に来て初めての街、ウェルガムに乗り込んだのだった。