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愛車と共に異世界で  作者: 猫柳渚
第一章:旅立ち
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お伽話

「世界は魔術師が支配していました。現状を憂いた魔術師は世界中の人たちが平等に暮らせるようにと、この世の理を書き換え、魔子を編み出したのです」

「えっ、なんかしれっととんでもないことしてない?」

「はい、果てしない偉業です」


 マジか。世界の理を変えるって。魔術ってそんなことまで出来るの?


「魔術師の狙い通り、魔子が生まれたことで世界中の人たちが魔導具を通して魔術を扱えるようになりました。初めこそアーフィンは大魔術師と崇められていましたが世界は……偉業を成した大魔術師を見放したのです」


 話に聞き入りながら、私はカップラーメンにお湯を注ぐ。その動作を眺めながらルルーベルは続けた。


「これまで魔術を独占していた魔術師たちが結託し、アーフィンを厄災をもたらす罪人として貶めたのです。これまで虐げられ、アーフィンに救われた人たちも、揃って大魔術師の断罪を求めました」

「ひどい……なによ、それ。いくらなんでもあんまりじゃない?」

「アーフィンも同じ考えだったのでしょう。善意に悪行で返されたことに怒り、アーフィンは魔子をさらに変異させました。その時に生まれたのが魔物です。アーフィンは魔物を使役し、敵対する相手をことごとく討ち滅ぼしました。その力はこの世の全てを制圧するほど圧倒的で、いつしか大魔術師は魔王と畏れられるようになりました」


 完全なる闇墜ち……まあ、助けた人たちに裏切られたら全部壊したくなるのもわかる。

 いや、元々いた魔術師は擁護できないにしても、こうなることを予想したから魔術を使えるようになった人たちは裏切ったのか……。


「世界が魔物で満ちた頃、生き残った人々は最後の賭けとして大規模な魔術を行使しました。世界の理を操る魔王に対抗するため、我々のいる世界とは異なる世界から救世主を呼び出したのです」


 え、それって……。


「異世界人の力を借りて、人々は魔物の攻勢を退けることができました。それだけに飽き足らず、魔王を封印することにも成功しました。そうして平穏が訪れた後、再び同じ過ちが起こらないように魔術を管理し、そして魔王の封印を護る役目を担うために魔法教団が結成されたのです」


 これまで真剣な面持ちで語り部をしていたルルーベルは表情を緩めて私に微笑みかける。


「と、言うのがボクの所属する魔法教団に伝わっている御伽噺です」

「なんというか、報われないお話ね……」


 世間的にはハッピーエンドなのだろうけど、アーフィンの境遇を考えるとなんとも言えない気持ちになる。

 良かれと思ってやったことが、巡り巡って自身を滅ぼすことになるなんて。


 それに異世界人って。私と同じような境遇の人が大昔にもいたってこと?

 でも、魔王を封印するくらいの力を持ってたってことは日本人、というか地球人じゃなさそう。少なくとも私にそんな力はない。


「というか、それって実話なの?」

「一応、本当にあった出来事として語られていますが、魔法教団員含めてほとんどの人が信じてないです。ボクも正直、半信半疑で」


 嘘か本当かわからないお話……桃太郎とか浦島太郎とか、そんな感じで伝わってるのかな。


「でも、巡礼って魔王の封印を護るための儀式みたいなモノじゃないの?」

「いえ、この国を守っている結界を維持するための行為ですよ」

「この国って結界で囲まれてるの!?」


 思わず空を仰ぎ見る。だけどそこには満点の星空と大きな満月が浮かんでいるだけで、結界が張ってあるなんて微塵もわからない。


「というか国内に魔物いるんだったら全然守れてないじゃん」

「流石に国全体に完全な結界を張るのは不可能です。ただ抑止することはできるので。これでも魔物被害は他の国に比べてとてもマシなのですよ。それに特定の街などは完全に魔物を寄せ付けないようになっています」


 そうなんだ。まあ、確かにヒポグリフに会っただけで、それ以降は一度も遭遇していない。

 魔物が珍しいだけかと思ったけど、結界のおかげだったんだ。


「ホント、不思議な力ね。魔術って。あ、そろそろできたかな」


 カップラーメンにお湯を入れてから3分くらいが経過した頃だろう。私は一つをルルーベルの前に差し出す。

 ルルーベルは困惑気味に受け取ると、私が蓋を開けるのを見て同じように蓋を取った。食欲をそそる香りの湯気がモワッと立ち上がる。


「わ、良い匂い……あれ、でもいつの間にこんな料理を作ったのですか?」

「さっきお湯入れたでしょ? あれで」

「お湯を入れただけで料理が……? 魔術なんかより、こちらの方がよっぽど不思議です」

「ふふ、まあ、確かにね。熱いから気を付けて」


 初々しい反応に笑いが零れる。念のためルルーベルには割り箸じゃなくてプラスチックのフォーク(コンビニスイーツで貰ったヤツ)を渡しておいたけど、ちゃんと食べられるかな?


「まずは中身を混ぜて、麺を冷ましてから、こう啜って食べるの」


 一連の流れを実演してみせると、ルルーベルも見よう見真似でラーメンを食べ始める。意外にも啜る、という動作はすぐに体得したらしく、黙々と夢中になって食べ進めて行った。


 そうして私たちはあっという間にスープまで飲み干して、同時にほぅ、と満足げに息を吐き出す。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」

「お気に召してくれたみたいでよかった」


 ゴミを片付け、他はとりあえず畳むだけ畳んで車の下に潜り込ませる。ついでに一人用のテントも。


 大きめの荷物は外に出さないと車内で二人の眠るスペースを確保することができないのよね。一人だと問題ないんだけど、こういう時、軽自動車はちょっと不便だ。


「寝袋は一つしかないから、あなたが使ってね。私は服を被って眠るから」

「ありがとうござます。あの、この中で眠るのですか? ……ふたりで?」

「そうだけど、狭いのはイヤ? テントはあるけど、外で眠るのは危なくない?」


 いくら引き離しているとしても、私たちは終われている身だ。魔術っていう規格外の力もあるし、できれば車の中で寝て、いつでも逃げられるようにはしておきたい。

 その場合、荷物は置いて行くことになるけど。


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 もじもじとしながら視線を泳がせた後、躊躇いがちにルルーベルは告げる。


「ボク、男ですけど、大丈夫ですか?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなくて固まる。おとこ、オトコ、男?


「えぇえっ!? 男の子だったの!?」


 ようやく思考が追い付き、驚きすぎて大きな声が出た。正直、異世界に来て一番驚いたかもしれない。


「だって、髪も長いし、こんなに可愛いのに」


 とても信じられなかった。私より可愛いのに男って、マジ? 美少女ショタエルフってこと?

 ワーイ、異世界万歳。


「じゃなくて。確かにそれはちょっと問題かもね……」


 聖職者が異性と密室で眠るってのは、いろいろちょっとマズいだろう。

 いや、宗教関連の知識とか全くないんだけどね? ほら、私がこんな年下の可愛い男の子と一緒に寝たらなんらかの法に触れそうじゃない?


 というわけで急遽テントを設置することに。ほとんどワンタッチのテントなので、視界が悪い中でも15分くらいあれば設置は終わる。


 そして、どちらがテントで眠るかちょっと揉めた。


 最初は私が入ろうとしたんだけど、助けてもらった恩人で、しかも女性に外で眠らせるわけにはいかないって。

 それなら私も子供(この世界のエルフは人間と同じ速度で歳を取るらしい)に外で寝かせるわけにはいかないって反論した。

 何度か押し問答を経て、いつでも車を出せるようにした方がいいからと押し切られ、最終的にはルルーベルがテントに、私が車内で眠ることで落ち着いた。


 それぞれの寝床に移動し、私は助手席の背もたれを倒して、その上で仰向けに寝転んで予備の服や上着を身体にかける。流石に寝袋はルルーベルに貸してあげた。


 静まり返った車内で独り、空を眺める。

 窓に広がる夜空には満点の星空が広がっていて、よく見てみればそれぞれが赤や青、緑と色とりどりに瞬いていた。

 夜空自体もどこか青みがかって見える気がする。月も日本で見るより大きくて、やっぱりここは別の世界なんだと実感させられる。


 心身ともに疲れ切っているはずなのに、妙に眼が冴えて眠れそうになかった。キャンプで真夜中に独りでいることには慣れているはずなのに、無性に寂しくなる。


 ふわり、と視界の中でトビーが泳いだ。パクパクと口を動かしながら移動するトビーを見て、ルルーベルから聞いた話を思い出す。

 空魚は空気中の微生物や虫を食べて生きているので人間が世話をしなくても全く問題はないのだそうだ。

 群れから離れて一人ぼっちになってしまったのに、気ままに泳ぐトビー。

 鱗に反射した月の光が天井で揺らめいて、まるで水の中にいるみたいで。この状況がまるでお伽噺の世界のようだった。

 そんな光景をぼんやりと眺めていたらいつしか寂しさは紛れていた。


 魚でも案外、一緒にいたら心強いんだ。


 そう思うと一気に眠気が襲って来て、気づけば私は深い眠りに落ちていた。

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