とある男たちの会話
「取り逃しただと!? 何をやってんだテメェら!」
怒声と机を殴りつける荒々しい音が響き渡り、報告をしていた男たちは身を竦ませる。
陰険で薄暗い室内の中心には玉座のように豪奢な椅子が置かれており、そこには白銀の右耳が欠けている人狼が座っている。
おどおどと言い訳を考える男たちを牙を剥き出しに睨みつけ、今にも喉元へ噛みつかん迫力を放っていた。
「で、ですがボス! いきなり変な荷車が走って来て、ガキを連れてっちまったんだよ!」
「しかも馬の何倍も速いんだ! それに馬も魔物も曳いてなかったし、きっと新種の魔導具だぜ! そんなんがあるなんて、オレたち聞いて……」
「黙れ!」
惨めったらしく言い訳を口にする男たちを一喝して封殺する。
男たちが大人しく口を紡ぐのを見て、人狼は椅子に深く身を沈めると、わざとらしく大きなため息を吐きながら、半分ほどしかない右耳を爪で掻く。
イラつきを抑えるいつもの癖だった。
「耳長のガキの動向を調べるのに、いったいどれだけの労力を割いたと思ってる? クソみてぇな人間に尻尾振って、言いなりになって、ようやく手に入れた情報なんだぞ。それを、失敗しましたじゃ、済まねぇだろうがよ」
「す、すみません。ボス……」
「今すぐ追っかけてもう一度襲いましょう! 行き先はわかってんだ。いくらでもチャンスはありますぜ!」
やる気になる男たちに対し、人狼は先ほどまでの荒々しさとは裏腹に、あくまでも冷静を装いながら口を開く。
「いや、いい。それよりもガキを連れてったって魔導具。どんなのだった」
取り逃したことよりも、そちらの方が重要だ。逡巡する男たちを急かしそうになるのを堪えながら答えを待つ。
「見た目は四角い、荷車でした。色は真っ青で、馬も曳いてないのにとんでもなく速く走ってました」
「あっ! あと乗ってたのは女一人でした!」
「は? バカお前、んなわけねぇだろ。後ろのドアが開いたんだ。誰か乗ってたに決まってんだろ」
「いいや、オレはしっかりと見たぜ。開いたドアの向こう側には誰もいなかった。あの魔導具には女しか乗ってなかったぜ」
言い争う男たちを制して人狼は問いかける。
「待て……自走式の魔導具を、女が一人で運用してたのか」
「はい! 間違いありません! 周りに仲間らしき奴らもいませんでした!」
「で、女の顔は見たのか? どんなだった」
「あー、真っ黒の髪を後ろで一つに纏めてましたね。若かくて、不細工でも美人でもねぇ、パッとしねぇ女でした」
「次、見たらわかるな?」
「わかるっす!」
「そうか……」
昂る感情を押し殺し、人狼は続ける。
「まあ、過ぎたことは仕方ねぇ。切り替えてくぞ。巡礼ルートで待ち伏せだ。協力者にも声かけとくから、準備しとけ。今度こそガキと――その魔導具をいただく」
「「うっす!」」
「あと、次からコーネと一緒に動け。テメェらだけだと不安だ」
「「うっす!」」
「よし、出てっていいぞ」
「「失礼しました!」」
生きのいい声を残して男たちは部屋を出て行く。
一人残った人狼は、思考を巡らせた。
馬よりも速く自走する魔導具。そんなのは見たことも聞いたこともねぇ。しかもそれが女が一人で持ってウロついてるだと? いや、今はガキも一緒か。
なんつー好機。もし、魔導具とガキ、両方が手に入りゃ、俺様の野望は達成したも同然。
失敗したって聞いたときゃ、どうなるかと思ったが……神様はこっちに微笑んでるみたいだ。
「ククク、ハハハ、ハハハハハ! アオーン!」
「ボス!」
「オーッ!? ゲホ! ゲホ!」
高揚の遠吠えをしていた人狼は闖入者の出現に喉を詰まらせる。
「テメェ……部屋入るときはノックしろって言ってんだろうが!」
「す、すみません! 土産にと買ってきていたミートパイがあるって、伝えんのを忘れてまして……」
「ミートパイだぁ? ガキ一人捕まえらんねぇで、なに呑気なこと言って……」
「おーい! 早くボス呼んでこいって! コーネさんが全部食っちまう!」
「ああ! でもボスいらねぇみたいで……」
「だぁー! 待て待て! いらねぇとは言ってねぇだろうがよ! 今行くから俺様の分も残しとけ!」
バタバタと、人狼は呼びにきた男と共に慌ただしく部屋を出た。