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愛車と共に異世界で  作者: 猫柳渚
第一章:旅立ち
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教皇との会話

 放置されたままどれくらい経過しただろう。


 ここで自分の命運が決まってしまうのだと、死にそうになるくらいあった不安は、いつまでも続くわけもなく。

 今では緊張で喉がカラカラになっているのに微動だにできない空気感が、就活の時に似ているな。と場違いなことを考える余裕が出て来ていた。


 いや、余裕じゃないな。現実逃避って言った方が正しいかも。


 とにかく、尋常ならざる緊迫感の中で待ち続け、ようやく司教が戻って来た。

 しかも何か大きなお皿みたいな物を両手で持っている。


 今まで私の背後から動かなかった付き人たちが、司教の元へ歩み寄ると、テキパキとした動作で机の上に布を敷いた。

 真っ赤で明らかに質の良い布の上に、司教は丁寧な動作でお皿を置く。

 お皿の表面には魔法陣が――あっと、この世界だと魔術陣か、が描かれていた。


 司教が撫でるように魔術陣の上で手を動かせば、模様が淡く発光を始め、その光が中央に集まっていくと質量を持っているかのように積み上がり、人の形を形成していく。


 おおー、と自分の立場も忘れて内心で感嘆の声を上げながら見入っていれば、不意にルルーベルは立ち上がり床に片膝を着いて首を垂れる。

 気づけば付き人たちや司教までも同じ姿勢で並んでいて、私は慌ててルルーベルの後ろに見よう見真似で片膝を着いた。


 直後、魔術陣の上から声が降ってくる。


『――ごきげんよう、聞こえるかしら?』


 聞いていて安心するような穏やかで優しい、女性の声。私はちらりと顔を上げると、そこには半透明の、初老の女性が立っていた。


 ホログラムみたいな物なんだろうか。白で統一された衣装には、ルルーベルや司教の着ている服とは違い装飾なんかは施されていない。

 なのに2人よりも神聖で、神々しいとさえ感じてしまう。

 年老いてなお、衰えることのない美貌から放たれる微笑みは聖母のような印象を受けた。

 まじまじと見つめていた私は女性と眼が合って、咄嗟に下を向く。


「聞こえております、マーレイ様。お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。取り急ぎ、ご相談したいことが」

『そちらの可愛らしいお嬢さんのことね?』

「はい、先ほど軽く説明しました通り、異世界から来たと。その真意含めて、彼女の処遇をどうするかご意見をいただきたいのです」

『わかりました。ヤカタ・ユニさん、でしたね。あなたが通って来たという魔術陣を見せてもらってもいいかしら』

「は、はい。こちらです」


 指示を受けて、私は緊張でギクシャクしながらもう一度スマホに魔術陣の写真を表示させて、教皇へ画面を向けた。

 相手側にはどういう感じで映っているのかわからないからちゃんと見えてるのか不安だったけど、仕草的には見えてるっぽい。

 司教の時と同じように拡大させたり別角度の写真へ変えながら、できるだけ洞窟の状況を説明する。


『ありがとう。鮮明に記録されていて、とても見やすかったわ』


 どうやら確認は終わったようで、私は会釈しながらスマホをしまう。元の位置に戻ろうと思ったけど、その前に教皇が話を続けた。


『だけれど見たことのない魔術陣ね。その手に持っている物や、あなたの乗っている乗り物もこの世界の物でないのは間違いないでしょう』


 スマホはともかく車のことはいつの間に……司教が事前に現物を見せていたのだろうか。


『ヤカタさん。ひとつ聞いてもよろしいかしら。ルルーベルの正体はご存じ?』

「え、あ、はい。エルフ……亜人種ですよね」

『それを承知の上で助けたのかしら』


 予想外の質問が飛んできて言葉が詰まる。どうしてここでそんな質問をされるのか、真意が掴めなかった。


「……彼の耳が長いのは乗せる前に見えましたが、亜人種、というのは乗せてから知りました。ですけど、最初から彼が亜人種だと知っていても、あの状況なら変わらず助けたと思います」


 質問の真意なんて考えてもわかるわけがないと判断して、ありのまま正直に伝える。

 私の答えに、教皇はわずかに口角を上げると口を開いた。


『ユーハット司教。彼女の言っていることは本当でしょう。そして我々に危害を加えるつもりもないようです。拘束などはしなくても問題ありません』


 やった。なんでかわかんないけど無罪放免で済みそうだ。


「かしこまりました。彼女の持っている魔導具についてはどうしましょう。魔法教団の原則に則り、押収しますか?」


 喜びも束の間、司教は私にとって最悪な提案を述べる。まだ危機は去っていなかったみたいだ。


『そうね……ヤカタさん』

「は、はい!」


 ドキドキしながら答えを待っていた中で、急に名前を呼ばれて声が裏返る。そんな私に構わず教皇は続けた。


『ヤカタさん。行く当てがないのなら帰る方法が見つかるまで、ルルーベルの巡礼を共にしてもらえないかしら』

「マーレイ様、よろしいのですか。危険はないとはいえ、どこの誰かもわからぬ人間にそのような……」

『近頃、各地で魔法教団に対してよからぬ行為が多発しているのは司教も知っているでしょう。ルルーベルが襲われたのも、その一つに過ぎません。ルルーベルの巡礼を問題なく遂行するには彼女の魔導具はとても有用なの』


 まあ確かに車なら護衛はやりやすいだろうけど。まるで見てきたような物言いだな。


『どうでしょう。引き受けてもらえるとこちらとしても助かるのだけれど。その代わり、と言っては何だけれど巡礼中のあなたの生活は魔法教団が保証するわ。魔術陣の解析や元の世界へ帰る方法も、こちらで調べておきましょう』

「も、もちろん。同行します」


 なんならこっちから頭を下げてしかるべきなのに、至れり尽くせりな提案を向こうからしてくれるなんて。了承する以外の選択肢があるはずもない。

 もしかしたら何か裏があるかもしれないけど、車を没収されるよりはマシだ。


『では、決まりですね。ルルーベルを頼みます。ヤカタさん』


 そう言い残して、教皇の姿は音もなく消え去った。


 スッと立ち上がる司教たち。

 疑っていた相手を上がほぼ一方的に認めた形になって、文句や皮肉の一つでも言われるかと思いきや、司教は恭しい態度で私に言った。


「疑ってしまい申し訳ありません、ヤカタ様。先ほどマーレイ様も仰っていたように、最近は魔法教団に敵対する勢力が現れており、少々警戒を強めておりまして」

「い、いえ、そんな。怪しいのは事実でしたし……」


 正直、私でもこんな得体の知れない人間がいきなり現れたらメチャクチャ疑うと思うし。


「長旅でお疲れでしょう。すぐに部屋を手配しますので、準備ができ次第、そちらでお休みください。少々お時間をいただきますが、ここで待ちしますか?」


 さっきまでとは打って変わって親切にしてくれる。それは初対面の時の社交辞令的なモノやこちらの腹の内を探るための偽物な親切なんかじゃなくて、心の底からの言葉なのだとわかる。


 教皇の判断だけでここまで個人の信用度合いが変化するなんて……それだけの権力と信用が教皇にはあるんだろう。絶対に怒りを買わないようにしなくちゃ。


 内心の戸惑いを隠しつつ、私は笑顔を作って答える。


「そうですね。じゃあ、ここで待たせてもらいます。あ、その前に一度、車に戻ってもいいですか? 着替えとか、取りに行きたいので」

「えぇ、構いませんよ。この部屋にはご自由に出入りしてください。それでは」


 軽く頭を下げて司教とお付きの人たちは部屋から出て行った。ルルーベルも立ち上がり、私へ向き直る。


「では、ボクも失礼します。巡礼作業に行かなければならないので」

「ルルーベルくん」


 立ち去ろうとする彼を呼び止める。


「さっきは助けてくれてありがとう。あそこで声を上げてくれなかったら、私どうなってたかわかんなかった」

「いえ、先に助けてもらったのはこちらですし、当然のことをしただけです」

「でも、雰囲気的にかなりヤバいことだったんじゃないの? その、巡礼の拒否って」

「まあ……ですけどヤカタ様が悪い人ではないことはわかってましたし」

「どうしてそこまでして私を……」


 確かに危ない所を助けたことは事実だけど、司教の言う通り私が敵対組織と関わっている可能性だってあった。


 ルルーベルにとって、私は自分の身を危険に晒してまで庇うような人間じゃないはずなのに。


「ヤカタ様はどうしてボクのことを助けてくれたのですか?」


 逆に質問されて戸惑いながらも答える。


「だって、放っておけないでしょ。あんなの」

「それと同じですよ」


 微笑を浮かべながらサラッと述べるルルーベル。私は何か言おうと口を開いて、言葉が出ずに押し黙ってしまう。


「それでは、ボクは行きますね。そろそろ司教に小言を言われてしまうので」


 何も言えずにいる私を他所に、ルルーベルは柔らかな笑顔を残して部屋を去って行った。


「同じ、かぁ……」


 彼の答えを反芻しながら、私は車へと向かった。


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