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愛車と共に異世界で  作者: 猫柳渚
第一章:旅立ち
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魔法教団に招かれて

 門を潜り、その先に現れた街並みは壁外と違って石造りの住宅が並んでいた。


 木造の屋台的な平屋ばかりだったのに比べてしっかりとした建造物が多く、それも2階、3階建てと大きな建物が目立つ。

 かといって外と内に格差みたいなのがある様子はなく、生活している人々の装いは外にいた人たちとあまり変わらないみたいだ。


 街のことをルルーベルに聞いてみれば、どうやら外は商売する区画、中は生活する区画と別れているとのことだった。


 一応、結界の効果は壁の外にも及んでいるけど、壁の中ほど完ぺきじゃなくて、ときどき強力な魔物が襲撃してくるらしい。

 だから壊されても修復が容易な木造建築が主流で、さらに街の損害として軽い、住人ではないような色々な場所を旅して回る商人のお店や宿泊施設がほとんだそうだ。


 もちろん、壁の中にも生活に困らないだけのお店はあるけれど、外の方が安く買えたりするらしい。

 異世界独自のルールに感心しながらも、やっぱり魔物の襲撃とかあるんだ。と内心でビビる。


 結界を抜けて来るような強力な魔物――やっぱりドラゴンとかかな。見たいような見たくないような……。

 襲われたら車で逃げられるかな。


 ドラゴンに追いかけ回された時の逃走方法をイメージトレーニングしている間に教会に到着した。


 石造りの立派な建物だ。それにどこか厳かな雰囲気が漂っている。こういう宗教施設に来るのは初めてだからちょっと緊張してきた。

 教会の正面が広場っぽくなっていたので、車は邪魔にならなさそうな広場の隅っこに停めておく。


 停車して、私とルルーベルは車から降りる。スマホや財布など、最低限の貴重品が入ったバックを持って司教たちの待つ正面入り口に向かった。

 お付きの人が扉を開けてくれたので司教の後に続き中へ。教会内は予想に反して騒がしかった。


 入口正面にはカウンターがあって、4つの窓口ではそれぞれが何か手続きを行っている。周りには順番待ちであろう人たちが待合席に腰かけ、各々過ごしていた。


 礼拝堂、というよりはどちらかと言うと役所みたいな感じ。


「ここは何をする所なの?」


 思わずルルーベルに問いかける。


「魔術・魔導具に関する講義の受付や、個人での魔術使用許可の申請など、魔術に関する手続です」

「へぇ、そんなことまでやってるんだ」

「魔に関する全ての事柄に対して、法を定め、教えを説くのが魔法教団の仕事なので」


 じゃあ、実質魔術を掌握しているんだ。思ってたよりも凄い団体だったのね……。

 そういえばキャンプの時に話してくれた御伽噺でも魔法教団は魔術を管理してるって言ってたっけ。


「ヤカタ様、こちらへ来ていただいてもよろしいですか」


 いつの間にか奥へ移動していた司教が私を呼ぶ。


「あ、す、すみません……」


 呆けて室内を見渡していた私はルルーベルと共に司教の元へと向かった。


「どうぞ、こちらへ」


 司教に通された先は広々とした部屋だった。整えられた装飾に暖炉。中央に対面する形でソファーが置かれている。応接室的な場所かな。


「ヤカタ様、そちらにおかけください」

「はい、失礼します……」


 断りを入れてからソファーに腰かける。かなり良質な素材を使っているようで、お尻からふわりと心地いい感触が伝わって来た。たまに入る校長室や社長室を思い出す。


 基本的にこれに座る時は良くない時だということも。


 対面に座る司教の、穏やかながらに鋭い視線と、私の逃げ道を塞ぐように背後で立つ付き人2人が不安を冗長させた。


 のこのこ付いて来ちゃったけど、大丈夫だよね……?


 堪らず、私の横に立ったままのルルーベルの裾を引く。


「座らないの?」


 私の問いかけにルルーベルは困ったような表情を浮かべて、ちらりと司教の顔を窺った。それに対して司教が小さく頷くと、ルルーベルは私の隣に座る。


「まず、無事にここへ辿り着けたことを嬉しく思います。ルルーベル。盗賊に襲われて行方不明になったと聞いて、身を案じていましたよ」

「ボクが襲われたことはすでに周知されているのですか?」

「えぇ、今朝ファルストの街からあなたの護衛を務めていた団員たちから連絡がありました」

「なら、護衛の方々は無事に街へ戻れたのですね。よかった」


 ホッと安堵するルルーベル。そんな彼から司教は視線を私に移した。


「して、ヤカタ・ユニ様。あなたが何者なのか、聞かせていただいてもよろしいですかな? あの魔導具は何で、なぜルルーベルと共にいるのでしょうか」


 私は可能な限り丁寧に、ここまでの経緯を説明する。

 別世界の日本という国から来たこと、車は魔導具ではなく馬車みたいな一般的な物であること、ルルーベルとは盗賊に追われていた所をたまたま助けたこと、など――。


 一通り説明し終わると、司教は「ふむ」と唸り声を上げて思索に耽る。気まずい沈黙の中で私は内心ソワソワと司教の発言を待った。


「まずは、洞窟にあった魔術陣の特徴を教えていただいても?」

「それなら写真を撮ってます」


 私はバックからスマホを取り出して撮影しておいた魔法陣の写真を表示させ、司教に差し出す形で机に置く。

 司教はスマホには触れようとせず、身を乗り出して上から覗き込んだ。そして目を細め、注視する。


「あ、見づらかったら拡大できますよ。別角度でも撮ってます」


 スマホを操作して画像を拡大させたり、写真を変えたりして見せると司教は「おお」と歓声を上げた。


「凄いな、これは。いったいどういう魔術なんだ?」

「いえ、これも魔術じゃなくて科学でして」

 独り言ちるように呟く司教に私は説明する。聞いているのかいないのか、興味深げに眺め回す司教。

 反応が可愛いな、このおじ様。でも出来れば魔法陣を見てほしい。

 私の想いが届いたのか、司教はコホン、と咳払いして口を開く。


「この魔術陣は転送魔術と似ておりますね。ですが、これで異なる世界間の移動が出来るかと尋ねられると……詳しく調査しいことには何とも言えませんが」


 言外にあり得ない、と司教は言いたいのだろう。どうやら魔術がある世界でも別の世界から来たというのは荒唐無稽な話として受け取られてしまうみたいだ。

 それでも私は食い下がる。


「ですけど、昔に異世界から来た人がいるんですよね? 魔王を封印した記録が残っていると」

「魔術師アーフィンの物語、のことですか。確かにあれは実話として語られてはいます。実際に大罪を犯したアーフィンという名の魔術師も存在した記録はあります」

「だったら……」

「しかし、これはあくまでも魔法教団の権威を示すための物語でして。全てが嘘、というわけではないでしょうが、全てが本当、というわけでもないでしょう」


 それを魔法教団に所属している、そこそこ地位の高い人間が言っていいのかとツッコミたかったけど、ぐっと我慢した。ルルーベルや付き人の反応を見る限り、司教の言っていることは周知の事実なんだろう。


「そもそも魔子や魔物は少なくとも1万年前には存在していました。その間、世界の理を変えるほど強大な人物が封印されているとは、信じろという方が無理がありますよ。我々含め、完全に信じている人間はいません」


 きっぱりと言い切られた。ルルーベルも半信半疑だって言ってたし、日本でいう所の桃太郎とか浦島太郎みたいな扱いなのかな。


 それでも、だ。私が司教の主張に頷くわけにはいかない。


「でも、実際に私は別の世界から来たんです。スマホや車だって、この世界には存在していない物ですよね」

「我々が知らないだけで、他の国ではすでに開発されている可能性は充分に考えられます」

「つまり、私があなた方を騙していると?」

「言ってしまえば、そうです。我が国の技術を盗むため、ルルーベルを利用用としている、と考えるのが自然だと思いますが?」


 くそっ、嫌な予感が的中した。やっぱり彼らは私のことを疑ってここへ連れて来たんだ。

 なんとか身の潔白を証明しないと。


「待ってください、ユーハット司教。彼女はボクが盗賊に追われているときにたまたま出会ったのですよ?」


 焦る私の横でルルーベルが弁解してくれる。


「その盗賊と組んでいた可能性は? あの広大な草原で、たまたま盗賊に追われていた人間に出会う確率は極めて低い。それよりかは賊と組み、頃合いを見て助けた。そちらの可能性の方が高いでしょう」


 しかし、司教はルルーベルの主張を真っ向から否定した。しかも、そう言われてしまうと反論のしようがない。

 ナビに従ったらルルーベルの元に辿り着いた、と説明しても、細かい所を突っ込まれたら疑いを晴らすくらい確実な説明ができる自信はない。

 私もどうしてナビがルルーベルを示したのか、その理屈がわかってないんだから。

 口ごもる私に対し、司教は続ける。


「もし仮に、魔術陣によって異世界に呼び出されたことが本当だったとして、いったい誰が何の目的でヤカタ様を呼び出したのでしょう。洞窟周辺には誰もいなかったとおっしゃっておりましたが、発動者なしに魔術陣の行使はできません。なら、ルルーベルを襲った集団がヤカタ様を異世界から呼び出し、我々に接触させた。と仮定した方がこちらとしては納得できます」


 淡々と司教は私が怪しい理由を列挙する。

 マズい、どんどん状況が悪化してる。このままじゃ、スパイ容疑で拘束されかねない。


「では、どうすれば信じてもらえますか。私としても、信頼を得るためにできるかぎりの協力はしたいと思っています」


 例えここで無罪放免と解放されたとしても、私には行く当てがない。街には辿り着けたけど、見ず知らずの土地で異世界の人とゼロから良好な関係性を構築するのは至難の業だ。

 最悪、変な人間に騙されて、身ぐるみ剝がされた挙句に街から追い出されるかも。

 私としては、このままルルーベルと一緒に行動を共にしたい。

 帰る方法を探るとしても、唯一の手掛かりである洞窟の魔術陣について調べるには魔法教団の協力は不可欠だろう。なんて言ったって魔術を統括している組織らしいし。


 だから、多少足元を見られて不利な条件を提示されたとしても、私は呑むしかないのだ。

 私の申し出に、司教はしばらく逡巡する仕草を挟んで、条件を口にした。


「机の上にあるコレとクルマを魔法教団に譲渡してください。そうすればあなたが安全な人間であると信用しましょう」


 ……やっぱりそう来るよね。ここで断るのは、やましいことや隠し事があります、と明言するのと同じ。その時点で敵認定を受けるだろう。

 けれど、車は私にとっての生命線。無実が証明されたとしても、車がなければ詰みだ。なんとしても死守しなくちゃならない。

 私は動揺を隠しながら、スマホを手に取った。


「こちらの譲渡は了承します。ですが、車は渡せません」

「なぜですか? あなたに何もやましいことがなければ問題ないはずでしょう。それとも何か、我々に渡せない理由でも?」

「これらは私の財産です。スマホはともかく、車を失えば私はこの世界で生きていくことができません。だから、渡せません」

「譲渡、とは言いましたが、そもそもあなたに拒否権はありません。全ての魔導具は魔法教団の管理下でなければならず、例外は許されません」

「魔導具は、ですよね? 私の持っている物は魔導具じゃないので魔法教団の管理下に置く権利はないはずです」

「屁理屈ですね。話になりません。どうしても拒否するというのであれば……やむを得ません」


 司教は私の背後へ目配せする。

 ダメか……こうなったら一か八かで暴れて逃げるしかない。車にさえ辿り着ければ、あとはなんとか――。


「お待ちください、ユーハット司教」


 再び、ルルーベルが口を挟む。先ほどとは違い、毅然とした声音に部屋の中の注目が彼に集まる。


「マーレイ教皇にお伺いを立てるべきです。ヤカタ様の処遇はそれからでも遅くはないのでは?」

「そうした所で、結果は変わりませんよ。わざわざマーレイ様のお手を煩わせるほどのことでは……」

「マーレイ教皇にヤカタ様の件をお伝えください。でなければボクは、巡礼を拒否します」


 思わぬ援護射撃に驚きを隠せなかった。それって、かなりヤバい発言なんじゃないの?


 ルルーベルの発言に対し、私に詰問していた時でさえ微笑みを絶やさなかった司教はスッと表情を失くし、彼を睨みつけた。


「巡礼の拒否……それが何を意味しているのか、分かっているのでしょうね?」

「もちろんです」


 背筋の凍るような司教の視線をルルーベルは臆することなく見返しながら、力強く答えた。

 重い沈黙が部屋を満たす。数分、いや数秒の睨み合いの末、司教は息を吐き出した。


「わかりました。マーレイ様へ連絡を飛ばします。ただし、どのような結果になろうとも我々を恨まないでくださいよ」


 そう言いながら司教はルルーベルの返答も待たずに部屋から出て行った。

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