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あの日とそれから  作者: 口羽龍
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 3月16日、卒業式まであと2日になった。関係者はみんな、この日を楽しみにしている。だが、平成22年度の卒業生たちは浮かれない表情だ。今年こそは卒業式ができるんだろうか? 今年も卒業式を迎える事ができる子供たちを、うらやましそうに見るだけなんだろうか? いや、そうであってほしくない。僕たちも卒業式を迎えたいんだ。


「いよいよ、来週月曜日だね」

「うん」


 石橋は寂しそうだ。卒業式を迎えられる喜び、みんなと分かち合いたいな。


「卒業式、迎えられるといいね」


 猪川も心配していた。東日本大震災がなければ、普通に卒業式が迎えられたのに、東日本大震災のせいで卒業式を迎えられないまま死んでしまった。


「大丈夫。先生が何とかしてくれるさ」

「本当に?」

「うん」


 石橋は松島に期待していた。松島は子供たちの味方だ。絶対に開いてくれるはずだ。


「だといいけど」


 猪川は不安だった。私たちは幽霊。みんな怖がるのに、本当にそんな幽霊のために、卒業式を開いてくれるんだろうか? 不安だらけだ。


「先生を信じようよ!」

「そうだね」


 彼らは心の中で期待していた。きっと卒業式を迎えられて、天国に行ける時を。




 その頃、松島は野原と職員室で話をしていた。話題は、卒業式の事だ。もちろん、今年の卒業式の事だけではない。平成22年度の卒業式の事だ。あれから、どう思っているんだろう。やろうと思っているんだろうか?


「卒業式の話、どうですか?」

「えっ!?」


 野原は首をかしげた。卒業式と聞かれても、どっちだろう。今年の卒業式か、平成22年度の卒業式か?


「あの幽霊たちの卒業式」

「あー、あれね。色々考えたけど、本物の卒業式の後にやろうかな? あの子たちの冥福を祈るためにもいいかなと思って」


 野原は一晩中考えた結果、彼らのためにも卒業式をする事になった。意見は分かれる。だけど、東日本大震災の冥福を祈るためにも、そして、東日本大震災を知らない今の小学生に、東日本大震災があったという事を伝えるためにもいいんじゃないかな?


「うん」


 と、そこに光輝と陸がやって来た。2人が何かを話しているのが、気になったようだ。


「何を話してたの?」

「平成22年度の卒業生の幽霊が現れたんだって」


 平成22年度の卒業生の話は聞いた。卒業式を目前に、東日本大震災の大津波で犠牲になった子供たちの事だ。まさか、その卒業生の幽霊がいたなんて。まさか、僕らを見守っていたんだろうか? そう思うと、背筋が凍った。だが、この子たちは卒業式を迎えられなかったんだと知ると、この子がかわいそうになってきて、怖くなくなってきた。


「えっ、東日本大震災の津波でみんな死んだっていう、あの卒業生の幽霊?」

「そう」


 松島は、彼らの事を思い出した。光輝も陸も、その幽霊に会いたいと思った。どんな顔をしているんだろう。


「会いたいな」


 それを聞いて、松島はある事を思いついた。今年の卒業生みんなも、平成22年度の卒業式を見てもらおう。きっと、何かを感じるだろうから。


「会いたい?」

「うん」


 2人は会いたいと思った。そして、あの時の事、そしてこれからの事を話したいな。


「卒業式の後、この子たちの卒業式をするから、来てみてよ」

「うん」


 光輝はまだ信じられないようだ。それからの普本小学校を見守っていたのかな?


「まさか、幽霊が現れたなんて」

「卒業式を迎えたかったのかな?」


 ふと、赤崎は思った。この子たちは、卒業式を迎えたくて、ここにいるんじゃないかな?


「だろうな。新しい一歩を迎えたかったけど、みんな津波に飲まれてしまった。本当に悲しいよね」


 それを聞いて、松島は東日本大震災を思い出した。津波に飲まれた時は、どんな気分だったんだろう。苦しかっただろうな。死にたくなかっただろうな。


「だけど、僕らは前を向いて生きていかなければならない。生きられなかった人の分も生きていかなければならない」


 光輝は思った。彼らのためにも、一生懸命生きなければならない。そして、東日本大震災を伝えなければならない。それが、僕らに与えられた使命だ。


「いい事言うじゃないか、陸くん!」

「ありがとう」


 彼らは体育館に向かった。体育館には、彼らがいるだろう。彼らにも挨拶をしないと。


 彼らは体育館にやって来た。そこには彼らがいる。彼らは寂しそうな表情だ。もう体育館は卒業式の用意ができていて、後は卒業式を待つだけになっている。


「この子が今年の卒業生なんだ」

「幸せそうだね」


 彼らは、今年の卒業生を見て、うらやましいと思った。彼らは、幸せだろうな。自分とは違って、卒業式を普通に迎えられる。


「だけど、この子たちは東日本大震災を経験していないんだね」

「もうこんなに経つんだね」


 だけど、今年の卒業生は少し違う。彼らは、東日本大震災の後に生まれた、つまり東日本大震災を経験していない子供たちばかりだ。


「日に日に東日本大震災の記憶は薄れていく。だけど、語り継いでほしいな。かつて、この町に津波が来て、卒業式を控えていた子供たちがみんな死んでしまったって事を」

「そうだね」


 2人は思った。僕たちは東日本大震災を経験していない。だからこそ、語り継ぐんだ。


「それが、生まれてくる子供たちの使命なんだと思う」

「そして、私たちがいたって事も」


 彼らは思った。卒業式を迎えられなかった彼らの事を伝えなければ。


 と、石橋は思った。卒業式の話はどうなったんだろうか? 僕らは卒業式を迎えられるんだろうか?


「卒業式の事、どうだった?」

「卒業式、できるよ!」


 それを聞いて、彼らは喜んだ。やっと、12年の時を超えて、卒業式を迎えられるのだ。もうできないと思っていたけど、まさかできるとは。その中には、涙する人もいた。


「よかった!」

「やったー!」


 松島は笑みを浮かべた。この笑顔を見るのが、教員としての喜びだ。子供たちの味方で、よかった。


「みんな、嬉しい?」

「うん」


 松島はやっぱり、子供たちの味方だ。必ず夢をかなえてくれると思った。


「ありがとう、先生!」

「どういたしまして!」


 彼らは夢に描いていた。12年の時を超えて、ようやくあさって、僕たちの卒業式を迎えられる。

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