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あの日とそれから  作者: 口羽龍
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 松島は体育館から戻ってきた。松島は廊下で考えていた。あの子たちは、卒業式を迎えられなかった。なんて悲しい人生だろう。あれほど楽しみにしていたのに、自然の力に負けてしまった。どうにかこの子たちのために卒業式を上げられないだろうか?


「どうしたの?」


 松島は振り向いた。そこには野原がいる。野原は松島が何かを考えているようで、気になったようだ。


「あの時、卒業式を迎えられなかった子供たちって、どんな気持ちだったんだろうと思って」


 野原もその話を聞いた事がある。あれはあまりにも悲劇的で、後世に語り継がれている。野原も東日本大震災を経験して、両親を失った。それ以来、親戚に引き取られて、大学まで過ごしてきた。


「そうだなぁ、考えた事がないけど、無念だっただろうな。そう考えると、こうして卒業式を迎えられる事を奇跡だと思わないと」

「そうだね」


 2人とも、彼らの事を考えると、涙が出てきそうだ。もし、自分がその身だったら、無念でたまらない。もっと生きたかったのに、こんなに若くして死んでしまったのだから。


「東日本大震災であんな被害になってしまたけど、東北は再び立ち上がり、復興してきた。そして、いつもの日常を取り戻した。こうして生活できている事を、素晴らしい事だと思わないと」


 2人は東日本大震災から復興してきた東北を考えた。あれ以来、東北は復興が進み、徐々に東日本大震災の爪痕は消えていく。だけど、思い出は消えていない。


「そうだね。正月早々、北陸で大きな地震が起こったけど、東北のように復興してほしいよね」


 野原は、今年早々に能登半島で起こった大地震の事を思い出した。あれで北陸、特に能登半島は大きな被害を受けたけど、きっと東北のように力強く蘇る。蘇った時には、石川に行き、復興した能登半島を見たいな。


「いい事言うじゃん!」

「ありがとう」


 と、野原は思った。どうして松島は東日本大震災の事を思い出したんだろう。津波にさらわれた6年生の事を主出したんだろう。


「どうしたんですか? 東日本大震災の事を話してて」

「いや、頑張って復興してきたなと思って」


 野原はふと、1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災の事を思い出した。その時もみんなが支援したおかげで、神戸は復興していった。


「神戸の時もそうだったけど、みんなの支援が力になったんだよ」

「そうだね」


 すると、野原はある言葉を思い出した。2011年の楽天イーグルスのホーム開幕戦での嶋基宏選手が言ったスピーチだ。あれは本当に感動した。


「正月早々から地震が起こって大変だけど、だからこそ人間の力ってのを見せてやろうよ!」

「うん! 見せましょう、人間の底力を!」


 すると、松島も思い出した。2人とも、それを球場で見た。感動して、涙が出そうになった。こうして野球が見れる、ここでプロ野球ができるだけでも奇跡だと思った。


「嶋基宏かよ!」

「それを狙ってた」


 松島が突っ込むと、野原は笑みを浮かべた。まさかここであの言葉を聞くとは。


「何度聞いても、あれはいい言葉だよね」

「そして2年後、楽天イーグルスは東北のみんなの想いを胸に、日本一に輝くってわけか」


 野原は、東日本大震災から2年後の楽天イーグルスの日本一を思い出した。


「思ってみれば、日本一になったのは2013年の11月3日。月日の数字を逆から読むと、3月11日だね」


 松島は気づいた。今まで全く気付かなかったけれど、逆にしたら11月3日だ。それは偶然だろうか? 野球の神様が用意してくれた、最高の結末だろうか?


「私もそう思った! これって、偶然だろうか?」

「偶然なのかわからない」


 野原は首をかしげた。本当は、星野監督の采配が日本一につながったんだろうけど、その前日で、この年負けなしの田中将大が先発して、勝っていたらその日だったかもしれない。




 3月14日、6年生の授業を終えた松島は、再び体育館にやって来た。そこにはやっぱり、彼らがいる。そう思うだけで、ほっとする。どうしてだろう。


「今日も来たんだ」

「うん」


 彼らは松島を見るとホッとした。まるで母のようだ。どうしてそう思ってしまうんだろう。


「あと少しで卒業式だね」

「うん」


 だが、卒業式の事を考えると、悲しくなってしまう。卒業式を迎えられる子供が、うらやましい。


「いいなぁ、卒業式を迎えられて」

「そうだね」


 と、石橋は勇気を出して、何かを言おうとしている。松島はその表情が気になった。


「僕も、卒業式を迎えたいな」


 彼らは願っていた。自分たちも卒業式を迎えたい。そして、悔いなく天国に行きたいんだ。


「迎えたいの?」

「うん」


 だが、その願いもむなしく、本当の卒業式が終わると、用具は撤収されてしまう。その様子を毎年、むなしそうな表情で見ていた。その様子を、誰も知らなかった。


「だけど、終わるとみんな撤収してしまうから」

「そうだね。終わったら撤収しちゃうもんね」


 松島は思った。あの子がいるのに、どうして撤収しちゃうんだろう。毎年、何気にしていた事なのに、学校の命令なのに、どうして撤収してしまうんだろう。


「地震が起きて、津波が来なければ、僕らは卒業式を迎えられたのに、どうして地震が起きたんだろう」


 石橋は思った。どうして東日本大震災が起きてしまったんだろう。天災とはいえ、卒業式を目前にして、ひどいよ。大津波でみんな死んでしまうなんて、ひどいよ。


「その気持ち、よくわかるよ。つらかっただろうね」

「つらいよ」


 石橋は泣いてしまった。松島は石橋の頭を撫でた。だが、石橋は泣き止まない。


「もう泣かないの。どうにかして私が卒業式を迎えさせてあげるから」

「本当に?」


 松島は、思っていた事を明かした。この子たちにも卒業式を上げたいな。


「うん。学校の人みんなにお願いしてみるね」

「ありがとう」


 と、石橋は自分の胸を叩いた。石橋は自信気な表情だ。


「よい子のためなら、何でもするってのが信条だからね」

「嬉しい!」


 それを聞いた彼らは、とても喜んだ。ひょっとしたら、自分たちの卒業式ができるかもしれない。これほど嬉しい事はない。


「本当に卒業式ができるの?」

「うん!」

「やったー!」


 すると、彼らは騒ぎだした。卒業式を上げられるのが、嬉しいようだ。


「じゃあ、考えておくから、待っててね」

「はーい!」


 松島は体育館を出ていった。野原や他の先生、教頭、校長にできるか聞いてみよう。

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