瞳の奥
「そもそも私は、近隣で起きた妖による殺人事件を担当しておりました。骸には全て頭部が無く、食い散らかした残りは道端に棄てる、というものなのですが―」
それを聞いただけで、直志は具合を悪くした。
清蓮はそれ事態が日常茶飯事なのか、顔色一つ変えはしない。
「同じような死体が近隣で五体程出たので、同じ妖が仕出かした事なのは明白。死体の近くで目撃されている、妖と思しき女の似顔絵を新聞の折り込み宣伝紙で配ったところ、碧様を襲おうとする女とその女が似ている―という文を秀晴殿から頂きまして。それで今朝方に御話を伺いに訪れたのです」
「それで―碧さんは就寝中で、話ができなかった?」
清蓮は頷いた。
「昼間の見回りの時に、碧様が倒れられたと言う庭から、骸の周りと同じ邪悪を感じて、依頼を受ける事にしたのです」
直志は神妙な面持ちで、清蓮を見る。
「その邪気が、俺にも憑いていると・・・?」
直志は恐ろしげに、自分の腕や足を眺めてみた。
清蓮は直志の意図を見透かしたようで、冷静に言う。
「いくら探しても、常人に見えるものではありませんよ」
「清蓮殿には、何かこう・・・実体として見えているのか?」
「そうですね・・・色が」
「色って、赤とか青とか白とかの?」
「ええ。鍛錬を積めば、他人の健康や精神状態が、一種の『気』として、水や炎、煙を模したもの・・・様々な色として見えるようになります」
「今も見えているのか?」
「ええ。まぁ・・・見ようと思えば」
直志は興味津々に、「どんなのが見えるんだ?」と聞く。
清蓮は一瞬、呆気にとられたが、冷静に返答する。
「人の体の場合、陽だと暖かい、陰だと寒々しい色やくすんだ色が見えます。今の彼方様の場合、全体の色がくすんで靄がかかったように見受けられます・・・」
「へぇぇ」
直志は己の手をまじまじと見た。やはり何も見えないが、剣術を習っている直志にとって、『気』というものが目に見える、というものは強ち虚言には聞こえなかった。
空気が張り詰める。
気合を入れる。
そんな言葉が常人に理解できるように、それが目に見える者がいるだけの事だ。
直志は、己の手を開いたり閉じたりしてみる。
「しかし、いつ憑いたんだろう・・・?」
「宴会場には、沢山人が集まりますからね。皆が皆、顔見知りだというわけでもありませんし。獲物を見つけるには、格好の場所だと妖も思ったのでしょう」
「しかし―今夜の宴会は完全に招待客だけだったのだろう?表では招待状の確認もされたし・・・まさか妖が、招待状を持っていたわけではないだろうに」
「表が駄目なら、裏から。窓が駄目なら、人に憑依する者もおります・・・招待状など、妖には意味を成す物ではありません。骸になった五人目は、この館の元守衛でしたし―」
直志は暫く愕然として、気落ちした。
「では、まんまと屋敷に侵入して、人のふりをして誘い出すのか」
「でしょうね・・・被害者は皆、男。年齢は様々ですが、何故か皆、顔立ちがいいと評判で・・・まぁ。首無しなので、今となっては確認のしようがないのですけどね」
秀晴も当惑して頷き、眉根を下げた。
「宴会場に憑かれている者がいると聞いて、随分と肝を冷やしたよ。本当は妙な噂を立てぬよう、秘密裏にと思っていたんだが、黙って帰すわけにもいかんし―」
「そうか・・・それでここに、連れて来られたわけか」
―宴会を催す事は、前々から予告してあった事だった。明陽街の中でもこの西洋館は、飛びぬけて異文化に固められた屋敷である。事が公にされれば、対異文化派からの批判は凄まじかろう。それ故、宴会は中止できなかったらしい―
「それで、宴会場で何か変わった事は?」
直志が幾ら思い返してみても、不審な者を見た覚えが無い。
否。初対面に近い者達ばかりで、皆が怪しく思えてしまった。
「妖が現われたのは、私が宴会場に来る少し前の筈です。そして私が来るとほぼ同時、妖は会場から外へ出ています・・・それまでの間で、何か思い当たる節は?」
「うーん・・・」
考えようとするのだが、上手く思考が回らない。清蓮が言ったように、頭に靄がかかったようだ。じんわりと、耳鳴りがする。
「どうしてだろう・・・思い出そうとすると、頭が痛むんだ」
清蓮は、今思い出したように言った。
「ああ・・・それは、妖に憑かれている証拠です」
伏せていた顔を、直志は思わず上げた。
「何かに憑かれている時は、上手く物事を考えられないんです。上の空になったり、急に発狂し出したり・・・彼方の場合は憑依ではなく、獲物として捕獲する為に惑わされているだけなので、頭痛だけですんでいるのでしょう」
清蓮は、席を立ち直志に近づいた。直志の顔を覗きこむと、直志は驚いて腰を引いた。それでも清蓮は、直志の肩と長椅子の背凭れに手を掛け、逃げ場を封じる。
瞳の奥を見つめられ、吸い込まれそうだ、と直志は思った。
「この妖術は完璧とは言えませんね。おそらく、若輩者の仕業でしょう」
上下の厚みがほぼ同じ、形のいい唇がすぐ側にある。
「彼方もどうやら、惑わしの類には体質的に強い御方のようだ。幾ら若輩と言っても、妖には変わりありません。本来なら無自我になり、生きた屍のようになってしまうものなのですが・・・会話できる程意識を持っているのは、珍しい事です」
「そうなのか?俺はてっきり、酒に酔ったのかと思っていた」
どうりで酒は抜けても、頭痛は消えない筈だ。
「頭痛が起きたのは、いつ頃ですか」
「さぁ、いつだったか・・・ああ、清蓮殿が来る少し前であった事は確実だ。それまでは何ともなかった・・・」
「見知らぬ者と喋った覚えは?」
直志は眉間に皺を寄せた。耳鳴りが遠くでしている。
「それが・・・先日、都に来たばかりで、今宵話した者達は、殆どが初対面なんだ」
清蓮は溜息を吐いて、「そうですか・・・」と呟いた。




