もののけ
直志が納得して頷くと、清蓮が言った。
「元々碧様は、霊媒体質なんですよ」
直志と秀晴は、清蓮を同時に見た。
「霊媒―霊に憑依されやすい体だと?」
「良く言えば、感受性が強く心優しい。悪く言えば誰にも影響されやすい、御人好しの優柔不断―別に御人好しが悪いとは申しませんが・・・それは、誰かを受け入れる強さを兼ね備えてこそ、成立するものだと思いませんか?」
「う?あ、ああ・・・なるほど」
同意を求められたので、直志は一応頷いた。
「碧様の場合、体力的面にも精神的面も、それがまだ完璧ではありません。それが産まれながらの宿命でもありますし―」
直志は瞬いた。
「霊や鬼が見える事が?」
「ええ。そういう星の元に生まれた、という事です。それに『霊感』と一口に言っても、相当強弱がありますから・・・碧様の場合、それが強いのでしょう」
「では、幼少からの突発的な発熱も?」
「おそらくはそうでしょうね。今回は庭先で倒れられたと言う事でしたから、その時に憑かれたのでしょう」
「それが・・・女の霊?」
「そうとは限りません。その何かが、人間の女に化けている可能性もありますから」
直志は見たことがないのだが、世の中には人に化ける妖や、鬼の類がいるらしい。上手く化けるものは、人との区別などつかぬらしいと、何処かで聞いた。
「なるほど・・・それで、実際はどうだったんだ?」
「それを今から、調べに行こうかと」
「何?」
直志は眉間を寄せた。
「まだ彼女に会っていないのか?」
「いいえ。昼間にお会いしましたが・・・肝心の女については、怖がって話してもらえなかったのですよ。此方としても、勤めが憚られるのは不本意ですが、無理強いはできませんので」
何だか頼りない奴だ、と直志は思った。
「碧は最近、朝方までまともに寝れん。今では昼と夜が逆転した生活をしていて・・・清蓮殿が訪れた時は、調度眠っていてな。夜にしか女は現れんから、それまで待ってもらう事にしたんだ」
「昼の間に屋敷を見回りましたが―どうやら怨霊ではなく、鬼か妖の仕業だと見当致しまして。何度も屋敷に侵入した形跡がありましたし・・・特に茨の垣根がある庭から、バルコニー辺りに邪気が見受けられました」
―この場合の妖とは、海上に現われる怪物に限らず、もののけ一般を指す。もののけとは『物の怪』と書き、祟りを齎す生霊死霊を意味し、また『ものの化』、何かが化けたもの、という意でもある―
直志は難しそうな顔で考え込み、そして顔を上げた。
「要は―そいつをとっ捕まえて、退治するわけだな?」
清蓮は少し、意外そうな顔をした。
「ええ。そう言う事です」
「うん・・・それはそうと―何故俺に話しかけたんだ?」
その質問に秀晴が困惑して、視線を泳がせた。
「それなんだがぁ・・・別室にいた清蓮殿が突然宴会場へ来て、鬼の気配がする―と、言い出してな?」
「では、あの場に鬼の類がっ?」
「う、ああ、まぁ・・・」
秀晴はまた、清蓮を伺うように見る。
それに気づいて、直志は内心首を傾げた。
先程も同じような話題で、様子を伺ったのではなかったか。
「それがな・・・気を悪くしないで欲しいんだが―清蓮殿が言うには、お前が、そのな?その妖と、接触したと・・・」
「・・・なにっ?」
直志は思わず声をあげた。
「本当にか?何故そんな事が分かるんだっ?」
清蓮は、どこまでも冷静に直志を見た。
「彼方がその妖に、とり憑れそうだからです」
直志は唖然として、清蓮を見つめた。
「何だって・・・?」
「妖の目的は分かりませんが、碧様が御倒れになった次の日から、度々邸の近くで事件がありましたでしょう?」
「事件?」
「おや、御存じありませんか。まぁ。鬼による事件など日常茶飯事ですからね。特に貴族連中は、危険に対して疎い。己の身でもそうなのだから、民の犠牲など数にも入らないのでしょうが―」
さすがに温厚な秀晴も、心外そうに顔を顰めた。
「清蓮殿。直志はそのような奴ではありませんよ。事件の事を知らないのは、この館から離れた地区に住んでいるからで―」
清蓮は、義務的な棒読みで言う。
「ほう。そうでしたか。それはすみませんでした」
言葉ばかりの謝罪に、直志は不思議と腹が立たなかった。
古の都が滅びたのは、異文化が入って来たせいだという説がある。やはり陰陽師である限り、貿易商は好めないだろう。
自然崇拝淘汰思考が盛んになったのは、第一次文明開化のせいだ。そのせいで再び、鬼が跋扈する時代が来てしまったのだから、対異文化派ができるのも当然だった。
「なぁ。それは別に良いんだが。俺がその妖と会ったのを、どうして見分けたんだ?」
清蓮はまた、意外そうな顔をした。目を細める。
「気、です」
「き?」