紅茶に砂糖四杯
宴会場を抜けると、通されたのは館の奥。秀晴の書斎だった。部屋には年季の入った書棚や机、椅子がある。宴会場より少々暗く感じる部屋には、橙色の間接証明が灯してあった。
茶が運ばれると、接客用の椅子を勧められるのも儘ならず、陰陽師が口を開いた。
「さぁ、始めましょうか」
「待って下さい・・・まだ紹介もしていないでしょう」
秀晴は呆れたように言う。
「彼とは父親同士が友人で、幼少の頃に遊んだ仲なんです」
「ほう。そうでしたか」
直志は眉間を寄せた。
――それを知っていて、話しかけたのではなかったのだろうか?
「彼は日向直志。私より五つか六つ下で、実家は貿易関連をしているのです」
一瞬だったが、陰陽師の顔が顰められたように感じた。
「日向直志と申します」
直志は勤めて明るく握手を求めて手を伸ばしたが、陰陽師はあろう事か、それを明らかに無視した。行き場の無くなった腕が、何とも侘しい直志である。
「清蓮殿・・・」
困惑した秀晴がそう言っても、陰陽師は気にもとめていない。
「直志。此方は陰陽師の、アベノセイレン殿だ」
直志はすぐに、かの有名な伝説的陰陽師の名を連想した。
「安倍の―と言うと・・・」
直志の考えを、何とも冷淡な声が遮る。
「誤解の無いよう言っておきますが、安倍清明と血の繋がりはありません」
「えっ?そうなのですか」
何度も同じ質問をされているようで、清蓮は億劫な様子だ。
「偶然名前が似ているだけで、血縁でも称号でもありません」
(これが、初対面の者に対しての態度だろうか―)
秀晴はそれを察したようだ。
「直志、気にしないでくれ・・・清蓮殿は―誰にもこういう態度らしいから・・・」
「ああ。そうなのか?」
それは意外だ。
てっきり、家業の事で不機嫌なのだと思った。
ある意味陰陽師と貿易商は、対極に位置するもの。対峙し、対立するものだと言えたからだ。
直志は陰陽師を初めて見、興味を深めていた。
「お前を個室へ呼んだのは、実はこの清蓮殿の意思でな・・・何と言ったらいいか、お前にそのお・・・いや。その前に、碧の話が先か?」
秀晴は言葉を濁し、ちらりと清蓮を見た。
「言いにくいのなら、私から話しましょう」
「そうですか?」
秀晴は何故か、安堵しているように見えた。
「まぁまず、お茶でもいただきましょうか」
清蓮は、琥珀色の茶が入った洋湯飲に、砂糖を四杯も入れて小匙でかき混ぜた。直志はそれを見て密に顔を顰めたが、清蓮がそれに気づいた様子はない。
「ご友人であるなら、妹君の碧様を御存じですよね」
「ああ。何度か会った事はあるが・・・それが何か?」
「私が今回依頼を受けたのは、その碧様の事でして。今宵の宴に、碧様は出席されておられなかったでしょう?」
「まさか、彼女の身に何かあったのかっ?」
直志は目を見開いて、腰を浮かせた。
慌てた様子の直志に対して、清蓮は至って冷静に茶を啜る。
「何も無い事は無いのですが、騒ぐ程の事ではありません。ただ少し、妖に襲われたと言うだけです」
直志は一瞬呆ける。
「それのどこが、騒ぐ程の事じゃないんだっ」
「慌ててもしょうがないでしょう」
「それでっ、彼女は無事だったのかっ?」
それには秀晴が、深刻な声で答える。
「ああ。何とかな・・・しかし、その日から碧の様子がおかしいんだ・・・」
直志は、ごくりと唾を飲む。
「それは―御体をどこか御悪く?」
「いいや。幸いどこにも傷はおっていないんだが―少し熱が高くてな。食が細くなったので、風邪でもひいたかと思っていたんだが・・・ほら。碧は時々脈絡もなく、熱を出す事があると話した事があったろう?」
「あ、ああ」
碧とは数える程しか会った事はないが、以前何かのきっかけで、そんな話題になったのを憶えている。あまり丈夫ではないが、家に篭りきりになる程虚弱なわけでもなかった。
しかし、いつ熱を出すか分からないと言う所が、秀晴の悩み所らしい。そしてそれが、妹寵愛に繋がっているようであった。
「今回もそれだと思っていたのに、医者に診せても中々治らなくてね・・・何人にお願いしても同じで、碧は刻々と顔色を悪くするし・・・夜になると泣くんだ。何かが来る、近づいて来るって―」
「何か、とは?」
秀晴の方が、泣きそうな声だった。
「碧が言うには、女らしいんだが・・・はじめは普通の女のようなのだが、次第に恐ろしい鬼のように姿を変えて、碧を襲おうとするらしいんだ・・・」
「秀晴兄さんは、その姿を見た事がないのか?」
秀晴は小さくかぶりを振った。
「試しに部屋に泊まった事があったんだが、どうやら私には見えんらしい・・・熱のせいで幻でも見ているのかと思ったんだが、碧の悲鳴を聞いて部屋に入って来た守衛の二・三人が、何かの影を見たと言うんだ・・・それで人外の者であるのではと思って、陰陽師を呼ぶ事にしたんだ・・・」




