五芒星のバッジ
笙、琵琶、琴と笛、バイオリン、チェロ、ピアノ―会場では音楽隊が、料理と同じく和洋折衷な曲を奏でていた。
このような品も、輸入ものか古の文献を元に復興されたものである。復興さたものは、日本風に模様が描かれたり、飾り彫りをするのが主流だ。
人々は着物、袴に靴履き、ドレスの上に着物を羽織るなど、独自の拘りと流行を混在させた、個性的な格好をしている。
ちなみに直志の装いは、宴会には在り来たりな、黒礼装に革靴である。首巻帯は、先から先へ濃淡のある紫の生地に、銀糸で龍をあしららわれたもの。ズボンのベルト部分、横腹から横背にかけては銀の装飾鎖を掛け、右中指には銀の指輪―。
直志は銀装飾が好きで、収集家でもある。ここの若主人は都より北の方に鉱山を持っていて、貿易が再開されてからは輸出もしていた。直志の家は貿易仲買なので、共に勤めをすることも最近は増えているらしい。
ここは代々斬新な事を好む気質らしく、ここの若主人も例に漏れない。最近は国内外用に―もちろん裕福な者対象なのだが―新たな銀装飾を広めようと画策しているらしい。直志が身に付けている装飾品も大体がそれで、文献による平成品の復興が流行のこの時期、『小野銀』は密に人気を上げてきている品名だ。
ここ平清京内で、明陽街は一際異様を兼ね備えている地区だ。
この西洋館を一歩出れば、服装だけではなく建物や調度品、その他様々なものが混雑。年号が明陽に変わってから、時代は目まぐるしく流れ出し、再び外交が可能になってからというもの、第三次文明開化の波が急激に押し寄せてきている。
まだ規制は厳しく難航してはいるが、こうして貴族の間には、文明の利器や新派が確実に広まりつつあった。ここ数年で庶民にまでも影響は出始め、都の一角を占拠する勢い。
古株の年配達はそれを猛烈に批判する側にあり、若者達は時代に風穴を開け、新風を巻き起こすのだと意気込んでいる。
直志は家業を継ぐ身ながら、どちらとも言えない側だ。
実を言うと直志は、家業に少なからず疑問を持っている。
その為に結婚も跡継ぎ問題も、有耶無耶にしている。
百聞は一見に如かず。
先延ばしした時間を活用して、己で審議を下す。
その為に直志は、都まで訪れたのだった。
暫し夜風に当たっていると、酔いも醒めてきた。
そろそろ帰りの車でも呼ぼうかと思っていると、直志は出入り口辺りがざわついているのに気が付いた。
何事かとそちらに目を向けると、どうやら誰ぞが入って来たらしい。帰るついでに見てみようと歩み出すと、その人物を軸に、周りの人垣が割れていくのが分かった。
日本人にしては背が高いのか、移動している頭が確認できる。人の狭間から見え隠れするのは、痩せ型の体に纏った黒背広姿だった。
その人物に挨拶をする者はおらず、それどころか距離を置き、女子達は奇異と好奇の眼差しで囁き合っている。
どうやら遅刻してきた人物は、相当大物か、爪弾き者らしい。人の顔と名前の覚えも人並みな直志だが、それでも必死に記憶を辿ってみる。しかしその人物に、該当する者はいなかった。
自分と同じく新参者だろうか。ならば挨拶にでも行こうかと、直志は人並みを迂回して歩んだ。
「ほら、あの人―」
恥じ入ったような女子の声が、どこからか聞こえた。
「やはりあれは、噂の・・・」
「ああ、やはり―」
移動する先々で、密な声が聞こえてくる。その人物の周りは、妙な視線と囁き声で溢れていた。
直志は、近くに立っていた男に声をかける。
「もし、すみません」
葡萄酒の入ったグラスを持っていた二人連れの男は、直志に振り向いた。
「あの方、今先ほど入って来られのはどなたですか?」
男二人は意外そうな顔をした。
「御存じないんですか?」
「陰陽師ですよ、陰陽師」
「陰陽師?」
「ええ。ほら、襟元に五芒星の商標が付いているでしょう?」
よく見れば確かに―絵柄までは確認できないがー胸元に、金色の商標が付いていた。いくら直志でも、陰陽師が派遣されて勤めに出る場合、バッジを付ける事ぐらいは知っている。
「あれが陰陽師ですか。はぁ。初めて見た・・・陰陽師が背広・・・伝統通り、衣冠姿なのかと」
「おそらく、このような場だからでしょう」
男の一人が含み有り気に、このような、を強調して言った。
「しかしこのような場に、一体何をしに来たのでしょうね?あの商標を付けているからには、素直に宴を楽しみに来たわけではありますまいに」
「陰陽師を夜会に招待するとは―何ともねぇ・・・」
直志は首を傾げる。
「何とも―何です?」
「いや、縁起が悪いとは思いませんか。普段、鬼と接している者が宴に来るというのは」
「興醒めだな・・・」
直志は眉を潜め、「そうでしょうか」と呟いた。
陰陽師がいるから都は存在しているのに、何という言い草だろう。おそらく葬儀屋や僧侶が来ても、この男達は同じ事を言うのだろう。
直志の好む性質ではない。
それにこの男達のネクタイの方が、幾分興醒めするには相応しいと言えた。赤と桃色のちりめん柄と、うぐいす色の虎絵柄など、御免蒙る悪趣味だ。
男達は直志のそうした心情を察する事もなく、話を続けた。
「商標を付けているという事は、勤めで参ったのでしょうか」
「そう言う事でしょう。何かあったのでしょうかねぇ」
一人が、おどろおどろしく言う。
「まさかこの館―出るのでは?」
「出る、とはまさか―」
「出ると言えば、決まっているでしょう。鬼ですよ、鬼」
「止めて下さい。私はそういう話が滅法苦手なのですよ。ああ、恐ろしい。今宵は早々に引き上げましょうかな」
「おや、そうしますか?」
早く帰ってくれと、直志は思った。