唯一封印再度
直志は重い口を開いた。
「『神の怒りが落ちる』というのは、『陰陽師が勤めを怠ったことに神々が怒り、制裁をくわえた』・・・という意味ではない。平成の人々が作り出した最強の武器―都一つを滅ぼす事ができる物のこと・・・それが『三回目の大喧嘩』に使われ、日本に落とされた事を指していたんだ・・・」
二千五年、未明某日。第三次世界大戦勃発。
米国基地のある沖縄、首都東京、第二都市京都に、小型核が落とされる。
しかし何らかの誤差により、京都破壊は失敗。
下琵琶湖上空で、小型核『ビッグ・フィッシュ』が爆発。
その時の影響により封印がとけ、京都周辺に大地震が起こる。
魑魅魍魎が噴出したのは、その直後。
これを皮切りに、日本各地の結界が次々と破られる。
世界各地でも酷似した現象が起こり、天変地異が起こる。
混乱の最中、二年で終戦。
日本は国民の逃亡、鬼退治知識の流出を避けるため、鎖国。
以来―現在に至るまで続く事になる。
「後の世には、都が滅んだ理由は伏せられた・・・文明開化により八百万神を邪険にし、鬼封じをしてきた者達を否定した事―それにより陰陽師らの質が落ち、結界に緩みを生んでしまった事―そして巨大な大砲が落ち、鬼達が黄泉返ってきた事を隠蔽するため・・・日本は国ぐるみで虚言したんだ・・・」
清蓮は重々しく応えた。
「この事実は、陰陽堂の中でも一部の者にしか知り得ない極秘事項・・・当時の陰陽師は絶滅寸前、他の能力者も力を落とし、日本の結界封印はいつ裂けてもおかしくはなかった―、そう聞いている・・・そしてその原因は文明であり、科学なのだと。淘汰された者もいれば、無論自ら受け入れ、溺れた者もいただろう。陰陽師ら側にも、それなりの非はあった・・・」
直志は目を伏せ、小さく頷いた。
「だが、俺は思った・・・文明に溺れ、信仰の質を下げた陰陽師らにではなく、そうなる原因である貿易商側に、神仏は御怒りになったのではないのだろうか―と・・・文明を極度にまで栄えさせ、神仏を邪険にした貿易商に神々は御怒りになり、文明を文明によって破壊させたのだとしたら・・・それこそ、栄華を極めた平成が核によって滅びたのは、『神々の意思による、神の怒り』ではないのだろうか―と・・・」
清蓮は口の中で反芻した。
「神の、意思・・・?」
「俺は特別に神具を拝んだり、宗派を持っているわけではない。だが八百万神を嘲った者が死した後、真の意味で幸せになれるとも思っていないんだ・・・何千年にも渡り日本人が八百万神を信仰してきたのは、それによって得るものがあったからだと、俺は思う。平成が滅び魑魅魍魎が黄泉返ってきた時、国が一番に始めたのは、『新たな霊媒師や陰陽師の育成』だった・・・そして二千年たった今でも、陰陽堂というものが存在しているからには、それが必要だったからに違いない・・・それを又、否定してはならない、と・・・思う・・・ん、だ・・・」
清蓮は何も答えなかった。
暫しの沈黙ののち、直志は溜息を吐いた。
「しかし俺は―貿易商の跡取りという事を抜きにしても、文明開化は、必要だと、思う」
「それは、何故だ」
「文明開化によって日本が豊かになれば、人々は再び過信し、驕るだろう。更なる文明を求め、八百万神を邪険にし始めるかもしれない・・・いや。もうその兆候は、見え初めている―」
清蓮は不愉快そうに聞いた。
「それが、良い事だとでも?」
直志は悲しげにかぶりを振り、「思わない」と答えた。
「しかし、それでも人々が文明開化を望むのは、それによって得るものもあるからだ。文明は滅ぶる為にあるのではなく、栄える為にある。第一次文明開化によって、民は家の格や貧富の差に関わらず、勉学をする事が叶った。人々は知を得、徳を得、職を得、皆が豊かになる術を手に入れ、国土を繁栄させた・・・それは悪い事か?違うだろう?」
「ならばお前は、栄えた文明の先に破滅があると分かっていながらも、その道を再び歩めと言うのか?」
直志は大きく頭を横に振る。
「違うっ。俺が言いたいのは、双方が共存する方法を考えなければならない、という事だよ。以前の過ちを繰り返すのではなく、過ちを理解したうえで、これからどう改善するのかを考えていかねば、日本はまた滅びを早めるっ」
清蓮は目を見開いた。
「文明によって、都が栄えるのは良い事だ。貧民街はなくなり、飢えや寒さで死ぬ者は居なくなる。生きる為に盗みを働き、その為に刑を受ける者などいなくなる。親の無知のため、子供が人買いに売られる事なんてなくなるんだっ。文明開化さえ起これば、それが可能になるかもしれないんだっ。そして文明によって八百万神が虐げられない国を、俺は造りたいっっ」
清蓮は目を開いたまま、暫し動かなかった。
思わず呟く。
「本気で、言っているのか・・・?」
直志は清蓮を睨み見た。
「冗談で、そんな事が言えると思っているのか・・・」
清蓮はまた、言葉を失った。
「俺は家業によって民を虐げ、我が家だけが栄えるなんて事はしたくない。してはいけないんだ。もし貿易が非であって、文明開化が国にとって負の産物なのだとしたら・・・俺は、家業など継がない・・・」
直志は足元を見て、拳を握る。
「しかし俺には、文明開化が総じて悪いことだとはどうしても思えないんだ・・・だが、それが正しいのかと問われたら、自信を持って『そうだ』と言い切る事もできない・・・俺が家業を継がなくとも、文明が負である事を民に証明できなければ、いずれは俺でない誰かが始めてしまう―それでは駄目なんだっ」
直志は己を落ち着けるため、溜息を吐いた。
「陰陽堂がその事を指摘しないのは、歴史の中で揉み消しにされた真実を知らないか、もしくは機会を待っているのか。でなければ双方、沈黙する事に何らかの利益があるからなのか―と、俺はそう考えていた・・・」
直志の頭は、俯いたままだった。
風が吹いて、髪が揺れる。
「そうだとしても、俺はどちらが正しくどちらが間違っているのか―それともそれは致し方の無い事だったのか・・・分からないんだ。俺には真実がどこにあるのか、どこに向って進んでいいのか・・・皆目見当もつかない。全然見えないんだ。先が・・・」
直志は、今にも泣き出しそうな程切実な声で言った。
「だから俺は、京へ来た―」
昇ってきた朝日が、白く地面を照らしはじめていた。
清蓮は、深い溜息を吐いた。




