第一次文明開化
明治時代、第一次文明開化が起こり、世は瞬く間に変化した。
それは衣食住に限らず、その思想にまで至る。
人々は科学といふものに依存しはじめ、
信仰により宥め崇めていた神や鬼から、目を逸らし始めた。
そして信仰はいつしか、忌み事になって行く―。
「真に神仏の怒りをかったのは、勤めを怠った陰陽師らか。それとも神仏を邪険にした、貿易商なのだろうか・・・それともどちらを止める事もしなかった、民か・・・?」
直志は俯き、その表情にいっそうに陰りが強くなった。
「神仏を虐げたのは誰だ?民から知識を奪ったのは誰だ?神仏を崇めるために、民を虐げていいのか?民を豊かにする為に、神仏を虐げていいのか?」
清蓮は感情を抑えた声で、低く言った。
「善い筈は、ないだろうな・・・」
「義塾には神仏さえも否定する奴がいた。『真に神仏がおられるのなら、それこそ地に降り立ち、我らを救ってくださるのではないか』と―そしてこう言う奴もいた。『神仏は我らを審判し、選定し、救う機を見定めておられる』のだと・・・」
直志は細く溜息を吐いた。
「しかし俺は―この世は既に、見放されたのではないかと思う事がある・・・あまりに愚かな人々が住まうこの地を、神仏は見放されたのではないかと。そして初めから神仏は、我らに興味などなかったのではないかとも考えた・・・神仏にとって、我らは数ある生き物の一部に過ぎず、我らだけが神仏に特別に扱われているなど、自惚れではないのかと。神仏は皆のものではなく―、初めから誰のものでもなかったのではないのか・・・と」
信仰行為が薄れるにつれ、当然結界の効果も薄れてゆく。
灰色に均されていく地面の下で、
その時を待っている何かがいるなど、人々は忘れていく。
しかしそれでも、時代の流れに逆らう地が、一つ―。
それが、京都。
政府は観光を大義名分に、京都という地区の変化を妨げた。
蓋が動かないように、それが必要だったのだ。
しかし不変など、有り得る筈もない。
結界は、綻び始めた―。
「義塾の教師は、『平成が滅んだのは文明のせいではなく、神仏の怒りが落ちたからだ』と言った。そしてその原因は、陰陽師らにあるのだと・・・しかし俺は、そうでない事を知っている」
直志は思いつめた顔で言った。
「民も、その事に薄々気がついているんだ。陰陽師らに救いを求め、神仏思想、蔓延るこの地だからこそ、異文化や貿易商は疎まれている―『文明開化こそ鬼なのだ』、と・・・そしてそれを勘付かせているのは、貿易商と対峙する者。対異文化派・・・他ならぬ、陰陽師らだ・・・」
直志は怯えともとれる目で、清蓮を見た。
「しかし、その通りなんだ。平成の世が滅んだ真の理由は―・・・教科書に出てくる『神の怒り』とは、文明開化によって利益を得る者達が、真実を捻じ曲げて作り出した虚言に過ぎない・・・今俺達が知っている歴史は、古の特権階級者と陰陽師らによって塗り替えらた、偽の知識なんだ・・・」
清蓮は険しい顔で聞いた。
「どういう、意味だ・・・」
直志は俯き、一度重々しく息を吐いた。
「核、という武器で―、日本は一度、滅びかけた・・・」
清蓮は何も答えず、表情さえ変えなかった。
「俺はどうしても真実を見定めたくて、あらゆる文献を読み漁ったんだ―・・・それこそ津々浦々の歴史書と、南北の遺跡から出てきた日誌や書物を解読して・・・読むたびに、教科書に書かれている文面は偏見に溢れ、矛盾だらけで一方的な価値観によって作られている事を知るばかりで・・・俺の中に疑問が浮かんで、消化されない・・・俺はただ、真実が知りたかっただけなんだ・・・」
直志の瞳は、虚しく淀んでいた。
「だが、それを教師に質問するわけにはいかない・・・怖かったんだ。無性に。疑惑が確信に変る事を、俺はどこかで知っていたんだ・・・だから俺は義塾の地下に保管してある閲覧禁止の秘密書物を隠れ読む事にした―」
直志の目には、あの時の薄暗い地下部屋と、手元だけを僅かに照らす、蝋燭の光が蘇っていた。
「はじめは意味が分からなかった。古の文字が混じっていたし、今にはない文明だったから・・・俺はそれを別の紙に写し、密に自分の部屋へと持ち帰って解読をはじめた」
直志はそこで言い淀み、沈黙した。
「平成の世は、今では信じられない程の高度な文化があって、今では在り得ないことを自在にやってのけた・・・車は使用人や馬も牛も必要ない。道を覚える必要も無い。千里離れた場所にいる者と、刹那に手紙のやり取りをし、会話さえできた・・・炎や水は彼らの手中に治まり、井戸はなくなり、土は灰色に変じ平らに均されている。役者は箱を通して自宅で見れて、人々は娯楽に興じる事ができる。そして男女は性をも超越し、医術によって異性になり得、女は男がいなくとも子が産めるようになった・・・まさに神業・・・文明による、神業だ・・・」
直志は恐れを内に込め、言葉にして出した。
「そして地上に、鬼は現われなくなったと思われていた・・・しかしそれは違っていたんだ。やはり裏では、常に結界を払い清めをしなければいけなかったんだ・・・だが人々はそれを忘れ、力を過信し、それを怠った。神仏を邪険にし、陰陽師らを淘汰し、その存在さえ否定するようになってしまった・・・」
直志はそこで一度区切り、震えた声で言った。
「そして最強にして最低の、武器を作り出した・・・」
俯いた直志の髪を、一陣の風が揺らした。
「お前は、知ってしまったんだな・・・」
直志は顔を上げる。
そこには、清蓮の能面顔があった。
「神の怒りの正体を、お前は―、知ってしまったんだな・・・」
直志は目を開いた。
清蓮は―陰陽堂はやはり、知っていたのだ・・・真実を。




