同調
己の中に、篭る―込める。
何をなのか、直志にも説明はつかない。しかし名を付けるのだとすれば、それは『気』というものなのだろう。清蓮の言っていた通り、『意識』なのかもしれない。
瞼を閉じると、そこは闇。その中に己の意識が溶けるという想像をすればするほど、己は浮き立ち、闇の中に薄い膜を張ったかのごとく、体が切り離されたように感じた。
(頼む・・・)
直志は、己の左手にいる、かたいものに呼びかけた。
(秀晴兄さんと碧さんを、守りたいんだ・・・)
痺れはもう全身を纏っている。
直志の首筋から耳、頭、そしてその内側へと、入っていく。
鼓動。
己のものとは異なる心音が、どこからかする。
集中するにつれて、聞きやすくなってゆく。
輪唱していた鼓動が、だんだんと溶けていくのが分かる。
夢と現の狭間のような、闇―。
そこではひたすらに、耳鳴りと鼓動がしていた。
清蓮は、再び動き出そうとしている妖を見つけた。
指を絡め、印を組む。清蓮が口の中で呪文を唱えると、妖は苦しみ出し、その場で動けなくなった。低く唸りが聞こえる。
(頼む・・・)
直志が何度かそう念じる。
すると耳鳴りに似た音が、先程より大きく、耳を劈くほどに膨らんだ。
碧の持っている方も共鳴し、同じ音を放っている。
不協和音が頭に痛む。
秀晴は耳を押さえたくなったが、腕は碧を抱きしめている。
龍牙丸は、青紫色の光を発光しだした。
秀晴は眩しさに、思わず顔を逸らす。
そして逸らした先にもう一つ、光があるのに気づいた。
直志の左手。
龍牙丸全体に、淡い赤の光があった。
秀晴はその光景に、ふと三年前を思い出した。
父が亡くなり、書斎が己のものになった、あの日を―。
秀晴は、一度も父の見舞いに行かなかった。
同じ男としては尊敬していた父。
親としては不甲斐無かった父への、最初で最後の反抗心。
父親の弱りきった姿など、見たくなかったから、という理由もある。
しかし、医者から「最後かもしれぬ」と言われて、拒絶できるような親不孝にはなれなかった。碧と共に、すっかり痩せ細った父に会いに行った。
「書斎の引き出しを見よ・・・」
それが最期の言葉だった。
秀晴は引き出しの中から、父の遺書を見つけた。
文面に、秀晴を跡取りにすると記してあった。
そして直志の父に、病床に伏した事を黙っていてすまなかった、とある・・・。
我が子には一言もない所が父らしいと、秀晴は苦笑してしまった。
そして最後に書かれた不可解な一文に、秀晴は眉間を寄せた。
夢にいずる炎の牙、氷の牙が
小野家を守護するであろう事を願う。
・・・秀晴は三年越しに、父の意図を理解した。
直志は瞼の外に、光を感じた。
ゆっくりと目を開けると、直志は左手を見る。
「何だ―これは・・・」
「直志殿。大事ありませんか」
「どういう事だ?何なんだ、これは―」
「彼方と龍牙丸が、同調しているだけです」
「だけ、って・・・大丈夫なんだろうな・・・?」
ばりばりと音をたて、龍牙丸の周りに紅い火花が散っている。
碧の方を見れば、そこには蒼い火花があった。
直志は、妖の呻きを聞いた。
妖はその場に立ち竦んだまま、どうやら動けないようだ。
清蓮は妙な形を指で作り、妖を睨んでいる。
鼓動が強く重なるような血潮が通り、左手を通して伝わると、耳の奥で響いた。
時折視界が揺れ、何かに意識が引っ張られる。
痺れが、鼓動と共に強弱をつけて流れて来た。
「清蓮、どうしたらいいんだ・・・」
心配する秀晴と、苦痛に耐える直志をよそに、清蓮は手を貸そうともしない。それどころか視線を向ける事もせず、直志には清蓮の長い足しか見えない状態だった。
「そのまま」
「え?」
「そのまま、続けて」
「お、お前、他人事だと思って・・・」
「今度は目を開けたまま、妖を見て。それから、呼吸を深く―」
痺れでもはや感覚はなく、そのせいで、龍牙丸を離す事もできなかった。
直志は言われた通りにするしかなく、妖を見た。
深く、息を吐く。
「続けて」
深呼吸を、何度か繰り返した。
「もっと、ゆるりと―」
言われた通りに、先ほどよりも多く息を吸った。
「龍牙丸を受け入れて・・・呼吸の度に、彼は彼方の中に入っていきます・・・ゆるりゆるりと、血の流れに沿って、痺れに乗って、彼方の中に―」
赤い湯気のような光が、左の腕から体を伝った。
いつしか、直志が聞いていた心音は同調し、一つとなった。
冷気のような光が体を覆うと、直志の頭の中に、心音でも耳鳴りでもない奇妙な音がした。
掠れた音だ。
それが次第に大きくなるに連れ、耳鳴りが小さくなっていく。
直志はその音に集中する。
そしてその音が、男の声である事に気づいた。
(龍牙丸の、声・・・?)




