やや
「どけぇ」
妖は、清蓮に向かって腕を振り下ろす。
清蓮はその腕を掴み、手首を捻って、女を床へと投げた。
妖が立て直すとほぼ同時、秀晴は洋寝台へと飛び込んだ。
ううぅ、と、女が低い声で唸る。
碧の体を抱き寄せた秀晴と、妖の前に平然と立つ清蓮。
そしてその場から動けぬ直志は、妖の腕の異変に気がついた。
「あれは―・・・」
直志も秀晴も、息を飲んだ。
女の腕は、鎌だった。肘から先が異様に長くなり、利休色の大鎌の内側には、棘のような突起がいくつも付いている。
清蓮はそれを見、骸達の首の切り口を思い出した。
「あれで、男達の首を落としたのか・・・」
女の青白い顔から、冷や汗が滴る。
「限界が近いな」
「お前さえいなかったら、そこの男を喰べられたのに・・・」
直志と碧の龍牙丸が、耳鳴りに似た音で鳴き始めた。
清蓮は直志の斜め横に移動し、直志を庇えるようにした。
「碧様を狙うのは何故だ」
女は息を荒くし、碧を睨み見た。
「欲しい・・・あの女が―」
直志は「何故、碧さんなんだっ」と叫ぶ。
「美しい器が欲しい・・・私が操れる、美しい体・・・」
清蓮はその涼しげな目で、妖を見据えた。
「なるほど・・・人型を保つより、誰ぞに憑いた方が楽ではあるからな・・・それで?憑依体質で見目の良い、碧様を選んだと言うわけか?」
女は、熱にうかされたように繰り返した。
「欲しい・・・どうしても欲しい・・・欲しい―」
女の顎から、汗の滴が落ちた。絞りだすような声が言う。
「ややが、欲しい・・・」
秀晴と清蓮が目を見開いた。
秀晴は思わず呟いた。
「子供が、欲しい・・・だと?」
「私の、私のややが―欲しい・・・」
清蓮は暫し沈黙し、「そうか」と呟いた。
「お前は未熟な為に、己の力でややが産めんのだな?原型でも、人型でも、お前は産めない・・・それで誰ぞに憑依して、その者を通して―子供を産もうとした・・・」
妖は何も答えない。
「父親候補は、今まで首を落として来た奴らか?それとも―どこぞに惚れた男でもいるのか」
「そんなもの居ないっ」
清蓮は、あくまで冷静に言う。
「だが、ややは欲しい?」
妖は黙って答えない。しかし、それが答えだった。
秀晴は目玉が落ちる程に見開いた。真だとすれば、何処の誰とも知れぬ男のややを孕むのは、妹の碧だったのだ。
妖の腕が震え出し、もう一本も棘の付いた鎌になった。
清蓮は感情を押し殺した声で言った。
「子供が欲しいと思うのは、本能。人を食うのも本能―でなければ生きていかれない。しかし、それを黙って待っているような人間など、居はしない・・・」
女の体に、滝のような汗が流れていた。瞳も、胡乱として危うい。気が遠退いているのだろう。足元もふらついていた。
「どうせ産むなら、姿形のよい男がいいと思ったのか」
女が、苦痛に喘ぐように唸る。
「人型を保つ為に、男達を食ろうた?」
清蓮は妖を、まっすぐと見つめている。
「未熟な妖と常人の男とでは、ややができん事に気づいて、腹を立てたのか・・・それとも―それ以前に及ぶ行為を、男に拒絶された事に、自尊心を傷つけられたのか?」
清蓮は女の棘鎌を見ながら、「いいや。それとも―」と、冷ややかに言った。
「首を落とす事こそ、お前の本能か?」
女は奇声を発し、その棘鎌を清蓮へと振り上げた。
清蓮が鎌を避けると、今度はもう片方の腕を払う。交互に刃が払われる度に、清蓮は舞うようにそれを避けた。
空を裂く音が、薄闇の中でした。
懸命に足を踏ん張っていた直志。
次第に強くなる龍牙丸の抗い。
痺れが、膝にまで来ていた。
(味方に付ける・・・味方に・・・?どうすればいい?意思の疎通など可能なのか?小太刀と?)
妖が振り払う鎌の音を聞きながら、直志は目を瞑った。清蓮は言っていた。付喪神は、会話をするのだと。それが元付喪であれ、何らかの形で疎通ができる筈だ。
直志は、念じながら呟く。
「頼む・・・龍牙丸・・・」




