耳打ち
女中は、全員が視線を逸らしたのを確認した。
碧は気絶して尚も、龍牙丸を握っている。
その白く細い腕に、女中はそっと触れる。
揺すってみたが、碧の指は緩まらなかった。
碧の人差し指に、己の指を掛けた。力を入れてみるが、全ての指を包み込むようにしないと、離れそうにない。
両手で碧の腕を揺らすが、碧は一向に離そうとしない。
体を揺さぶられて、碧は苦しそうに呻いた。
女中は焦って、碧の細い腕を揺すり続けた。
秀晴は碧が声を出したのを聞いて、目を覚ましたのだと勘違いをし、目を開いた。
何やら物音が不審だ。
(衣擦れの音にしては、いささか乱暴だな?)
そう思い洋寝台を見ると、秀晴は目を見開いた。
「おいっ。まだ着替えを始めてもいないのかっ?」
その声が耳に入っていないようだ。女中は破魔の小太刀を引き剥がそうと、必死になって碧の腕を揺すっている。
「おいっ?」
秀晴は、はじめて異変に気が付いた。女中の顔色は青冷め、その形相は般若のようだった。碧は苦痛にまた声を出しが、女中はそれに構っている様子はない。
「おい、何をしているんだっ」
今度は聞こえたのか、女中は驚いて主人を見る。勢いあまって手が滑り、女中の腕が柄の一部に触れた。ばちん、と大きな音が響き、火花が散った。
「きゃああ」
と悲鳴を上げながら、女中は龍牙丸に触れた腕を抱えて、後ろへと飛び退いた。
清蓮は女中へ向き直り、冷えた口調で言った。
「その方に乗り移る事は、叶わぬよ」
碧の握っている龍牙丸は、氷のように青白く発光していた。
秀晴は唖然とした口に、手を当てる。
「お前―まさか・・・」
直志は、碧の方へと視線を流す。
よくよく見てみれば、着替えが必要な程、汗をかいているようには見えなかった。
秀晴も直志も、気づかないわけにはいかなかった。
「守衛・・・」
秀晴は呟いた。
「守衛、参れっ」
と叫ぶ。
それとほぼ同時、扉が勢いよく開いた。
しかし、なだれ込もうとしている守衛達に女中が手を翳すと、扉は勢いの分を返し、大きな音で閉まった。扉の向うで、守衛達の声がしている。扉を叩く音がし、体当たりする音がする。その度に扉が震え、喧騒だけが虚しく響いた。
清蓮は、人差し指と中指を立てた。そのまま空中を払うと、喧騒がぴたりと止んだ。人の気配さえ感じなくなる。
何をしたのか常人には知れぬが、清蓮は平然と言った。
「ただの人間を寄越されても、邪魔になるだけですから・・・」
女中は歯ぎしりをし、青白い顔を向けた。
「何故・・・何故分かった・・・」
清蓮は冷たい声で言った。
「一応、これで食べているんでね・・・」
女が、怒りに震えた体で足を踏み鳴らす。
すると再び、部屋は薄闇色に転じた。
清蓮は首を鳴らした。
闇を睨んで、にやりと笑う。
「さて・・・本番と参りましょうか」




