うしろむき
「わたくしめのような女中が、このような高価な品に触れるなどあつかましいですから」
清蓮は静かに、冷ややかに言った。
「そんな事はありませんでしょう」
「いえ。滅相もございません」
女中は強く否定し、かぶりを振った。
直志は、腕が震えるのを怪訝そうにしながら、女中に言った。
「しかし、乙女の体に男が無闇に触れるのは・・・いくら家宝とはいえ考えすぎじゃないか?先程も使用人が運んで―」
「無闇などでは御座いません。陰陽師の方なら、そのような邪念などお持ちになられまでせんでしょう?」
清蓮は肩を竦めた。
「さあ?どうでしょうね」
清蓮は嫌味に似た、含みをおびた口調だった。
秀晴は渋そうな顔をして、女中に言う。
「気にする事はない。お前が取って、早う着替えさせておやり。いつまでも湿ったままでは、体が冷えてしまう」
「でも―」
「我々は後ろを向いているから。早くしなさい」
直志は素直に後ろを向き、目を瞑った。清蓮も感情の伺えない顔を叛け、直志と同じ方を向いた。直志の隣に歩むと、小声で聞く。
「まだ、龍牙丸は抗いますか―」
直志は馬鹿正直に目を瞑ったままだ。
「ああ。先程、清蓮殿に言われたからなのか―何だか、震えが強くなっているような気がするんだよな・・・」
清蓮は更に半歩分、直志の方へと歩んだ。体温が感じられる程近くに寄ると、直志は訝しんだ。その耳元で、清蓮は囁く。
「それは、気のせいではありませんよ・・・」
直志は思わず目を開け、清蓮の横顔を見た。
清蓮はその体勢のまま、強めの口調で秀晴に言う。
「秀晴殿、その場をお動きになるなっ」
秀晴は咄嗟に足を止めた。守衛によくよく言い含めて、部屋に入る寸前の所だった。
「そのまま、扉の側におられて下さい」
「何故・・・です?」
背を向けている清蓮からは、当然秀晴は見えない。
「いつぞや来るとも知れぬ妖相手に、皆が皆同じ場所におったのでは、対処に遅れます。秀晴殿は碧様の兄上ですから、多少見られましても、嫁に行けぬなどと騒がれる事はありませんでしょう?どうかその場に」
「んん?まぁ―それはそうなのだが・・・」
「では、そこに。私はそちらに立ちます」
清蓮は目を瞑り、直志の隣から真っ直ぐと、十五歩分離れた。
洋寝台に一番近い場所だが、後ろを向いているので着替えが見えるわけではない―と、秀晴は己に言い聞かせた。
「さぁ早く。いつ妖めが現われるか分らん・・・お前も気を抜かずにおられよ」
清明は女中に言った。
女中は困惑して、誰ともなしに聞く。
「あのう・・・この小太刀、何故震えているのでしょうか」
それには清蓮が、淡々と答える。
「それは破魔の力を宿した、珍しい小太刀だ。下等な妖ならば、近づくのも危踏む、高位な品・・・扱いには気をつけられよ」
直志は顔を顰めた。
(何故清蓮は、この女中にだけ、言葉の使いを変えたのだろう。他の者には、心あらずとも敬語であったのに・・・この女中だけが、「お前」呼ばわりだ・・・)




