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陰陽堂狂都支店  作者: ジオサイト
18/39

メード


 清蓮は碧の顔を覗きこんで、ひたいに触れた。


「少し熱がおありのようだ―横に寝かせて下さい」


 秀晴は言われた通りにし、自分は洋寝台から出た。

 碧の腕に抱かれた龍牙丸は、依然いぜんかたかたと震えている。何かに怯えているようにも見えた。


「大丈夫だろうか・・・」

「ここ数日、あのような幻を見ていたのでしょう?無理はありません。清めの塩も、効果が切れ始めているようですし・・・」


 溜息を吐いていた秀晴は、数秒後突然顔を顰めた。素早く扉の方へと振り返る。


「そう言えば―守衛達は何をしていたんだっ?」


 秀晴は憤慨ふんがいして、乱暴に扉を開けた。

 すぐそこには、入った時と変わらぬ様子の守衛が四人。

 その側に、銀の洗面器を持った先程のメードもいた。どうやら雑談していたらしい事を知り、秀晴の体温は一気に上昇した。


「お前らっ、主人の危機に何をしているっ」


 普段は温厚な秀晴の怒りように、守衛は全員目を丸くした。


「あの・・・何かあったのですか」


「何かっ?お前らこんなに近くにいて、悲鳴が聞こえなかったとでも言うのかっ」


 守衛は更に目を大きくして、顔を見合わせた。


「悲鳴っ?」

「お前、聞いたか?」

「い、いや・・・」

「何だとっ?」


 男達は、困惑して主人を見た。


「我々は、片時も離れずこの場におりましたが―そのような声は聞いたおぼえがありません・・・」


「なっ・・・」


 今度は秀晴の目が見開いた。口も、開いたまま閉じない。

 直志もさすがに顔を顰めて、その場から怒鳴った。


「そんなわけないだろう。碧さんの悲鳴が、そちらに聞こえない筈がないっ」


「いえ、しかし―部屋からは物音一つ、聞いておりません・・・なぁ?だよな?」


 同意を求めて一人が視線を向けると、他の者が頷いた。


「我々がここにおった事は、彼女も知っておる事です」


 守衛がメードを示した。

 メードは恐々と頷く。


「私が氷をかえて戻って来てから、皆動いてはおりません・・・何だかお話しが長引いてしまって・・・申し訳ありません」


 清明は洋寝台の側を離れず、廊下に向かって言った。


「真、何も聞こえなかったのですね?」


 野太い声の男が、これに答える。


「はい。確かに。嘘偽りはございませぬ」

「分かりました」


 直志は清蓮の方へと振り返り、幾分いくぶん腹立はただたしげに言う。


「何が分かったと言うんだ?」

「彼らの言っている事が、まことだという事がです」


 直志は、訝しんで眉間を寄せる。


「物音一つ聞こえなかったのは、あやつの仕業でしょう」


「あやつ・・・あの女の事かっ?」


「ええ。妖しの力で、物音を部屋の外に聞こえないよう、していたのでしょう」


 当然の事だ、という風な清蓮を見て、直志は唖然とした。


「妖はそんな事までできるのか・・・」


「はい。しかし、遠くから仕掛けたものでは有りません。あの妖にそのような力が、残っているとは思えませんから」


 直志は少々居直って、低い声で聞いた。


「では、あの幻とは別に―本物が戻って来た、と?」


 清蓮は神妙に頷いた。


「既に、手に届くほど近くにいる筈です」


 その場の全員が、息を飲んだ。


「ど、どこに・・・」


 気づけば、直志が握る龍牙丸の震えは、速度が増していた。

 濃緑色の制服を着ている女が、申し訳なさそうに秀晴を見、腕の中の洗面器を示した。

 おずおずと切り出す。


「あのう。碧様の、氷水は如何いたしましょう・・・」


 温厚さを取り戻した秀晴は、夢から醒めたように言った。


「ああ、そうだ。碧っ。妖が来るのなら、今のうちに碧の手当てをっ。早う、ほら―」


 秀晴はメードを急かす。背の低いメードは会釈しながら、足早に部屋に入った。側にある円卓に洗面器を置くと、碧の顔を覗きこむ。


 秀晴は、部屋外の様子を伺いながら言った。


「可哀そうに・・・恐ろしい幻に、気を失ってしまったんだ―少し熱が出てきてしまったから、あとで熱冷ましを持ってきておくれね」


「はい」


 秀晴は後ろを振り返り、ふとメードを見る。


「ああ―あと、冷めた粥も下げておくれ」

「承知いたしました」  


 清蓮は邪魔にならぬように、洋寝台から少し遠のいた。


 女中は碧の青白い顔を覗きこみ、顔を渋くする。氷水につけて絞った布を持ったまま、少しの間、躊躇ちゅうちょしていた。


 秀晴はそれに気づいて、部屋の中へと戻ろうとする。


「どうかしたのか?」

「あ、いえ。あの―碧様はお熱の為に、汗をおかきになられているようで・・・御着替えの方が、先かと―」


 女中が含み有りげに言い、上目使いで直志を見た。

 さすがの直志も、その意図に気づく。


「ああ―そうか・・・では、俺達は部屋の外で待つとしよう」

「すまんな。そうしてくれるか」と秀晴が言う。


 直志と秀晴は扉へと向かった。

 しかし清蓮は動かない。


「なりません。部屋から出ては」


 何とも紳士らしからぬ言葉に、直志は少し呆れた。


「清蓮殿。いくら何でも、着替えの場に立ち会うなど―」

「ならば死にますか?」


 言葉に詰まる二人に、女中は困惑した視線を清蓮に向けた。

 清蓮は洋寝台から少し間をとり、そこから動こうとしない。


「あのぅ。でしたら―後ろを向いておられてはどうでしょうか」


 女中がそう言うと、清蓮は即答する。


「そうですね。そういたしましょう」


 直志は呆れた。ここまでくると、虚脱してしまう。


「おい・・・清蓮・・・」


 清蓮の不躾な態度に腹を立てて、無意識に拳を握ったのだろうか。よりいっそう、龍牙丸を持つ腕が震えた。


 女中は、碧が握っている小太刀を示し、恐々聞く。


「あの・・・これはどけてもよろしいのでしょうか?」


 清蓮は少し間を置く。

 一度床に落とした視線をメードへ向け、また視線を床に落とした。

 溜息を吐く。


「少しの間なら、いいでしょう・・・」


「はい。では―、誠に申し訳ないのですが、これをお取りしてもらえませんでしょうか」 


 直志と秀晴は、内心首を傾げた。

 清蓮がメードに言う。


「何故、です?」


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