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陰陽堂狂都支店  作者: ジオサイト
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天敵


「何故お前がここにいる・・・何故私の術が解けた・・・どうして来なかったの―待っていたのにっ・・・おかげであんな男を・・・お前をう筈だったのにっっ」


 清蓮も負けず劣らず、妖を冷ややかに睨んだ。


「お前こそ。人様の家に上がり込んで、随分な物言いだな」


 女の目が血走ちばしる。


「邪魔するなっ」  

「何用で、こちらの姫を狙うんだ」


 女は恐ろしい剣幕で碧を睨み見た。肩で息をしている。


「早く、早く欲しい・・・」


 清蓮は眉間を寄せ、「なに?」と聞く。


「体・・・美しい体―」


 女は、大きく前へ踏み出した。


「体っその体が欲しいぃ」


 女は直志と清蓮に―その後ろにいる碧に向かって突進した。

 全員の耳に、碧の悲鳴がつんざく。


 女が両手を広げると、鮮やかな着物が蝶のように見えた。


 碧の悲鳴が、ことげんが切れるように途切れる。

 秀晴は懸命に悲鳴を押し殺し、気を失った碧を抱きとめた。


 直志はその場から動けず、ただ構え、立ちすくんだままだ。


 清蓮は素早く縦に四本、横に五本、指を振り払う。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜんっ―邪気退散じゃきたいさんっっ」


 すると驚愕に顔を歪める女の姿が、煙に巻かれた。

 形を見失った瞬間、その煙さえ空中に溶け、消え去った。

 部屋の灯りが戻り、視界が開ける。


 暫しの間、静寂が流れる。


 秀晴は辺りを見渡しながら、恐る恐る小声で聞いた。


「清蓮殿・・・お、終わったのか」


 清蓮は秀晴に背を向けたまま、眉間を寄せていた。


「いいえ。まだです」

「な、何っ?今ので退治したのではないのか?」


 安堵しかけた体が再び硬直しだして、秀晴は泣きたくなった。


「先程申したでしょう?これは幻だと。まだ肝心の妖は現われおりません」

「そんな・・・」


「確かにそのようだ」

 と、直志は固い顔で言った。

「龍牙丸が、落ち着かない・・・」


 秀晴が直志の後ろ姿を見ると、腕はまだ痙攣し続けていた。

 己と碧の間にある龍牙丸も、気づけば同じように震えている。


「今のはおそらく、替え玉でしょう。我々の気を逸らして、この部屋から追い出すつもりだった・・・しかしそうはいきません。妖の目的も、大体は察しが付きましたしね」


「目的?」


「あやつが言っていたでしょう?碧様の御体が欲しい―と。あやつはまだ、完全に人の形をとれぬのです。先程の粗末な幻といい、幻から本音を零す所といい・・・あまり頭のいい奴とは言えません」


「あの女は、碧の体を乗っ取ってどうしようと言うのです?」 


「おそらくは・・・狩り、でしょうね・・・」


 秀晴の顔が、いぶかしみと苦々しさでゆがむ。


「まさか・・・首なし死体の事かっ?あの女は、碧の体で人を殺めようとっ?」


「多分に有りえますね」


 秀晴は狼狽ろうばいしきり、碧の青白い顔を見た。


「何て事だ。私はてっきり、妖に喰われるのだとばかり―ああ。それよりも残酷じゃないかっ・・・」


 清蓮は目を伏せた。


「確かに古来より、『美しい人間の肉は美味い』と書物にもありますし、碧様はそれにあたる愛らしいお姿をしていらっしゃいます・・・しかし、あの妖に食い殺されている首無し達は、全て男・・・」


 清蓮は独り言のように言った。


「あの妖が男の肉を好んでいるのは、明きらかだ・・・ならばあやつが言う『碧様の体』と言うのは肉の事ではなく、その器だと考えるられる・・・妖は碧様を乗っ取り、成り代わろうとしている・・・それを欲しているのは、己自身が長く変化へんげしていられないからだと思われます・・・やはりあの女は、妖の中でも若輩じゃくはいと呼べる部類なのでしょう」


 直志は首を傾げた。


「なぁ。妖にも、若輩やら大御所おおごしょがいるのか?」


「それはもちろん。長く生きているという事は、それだけ力を持っているという事。妖でも、生まれたては無垢に近い。それから狩りや妖術を憶えるんです」


「ふぅん・・・しかし、何故碧さんなんだ?他にも館には大勢いたのに―・・・何夜にも渡って、碧さんを狙っている・・・」


「妖の様子からするに、碧様でなければならない理由があったのでしょう」


「碧さんに、何か特別なものがあると?」


 清蓮は頷いた。


「例えば碧様の、妖や霊が入りやすい体質だとか―ね」


 直志は目を見開いた。


「そういう体質の者と、そうでない者とは何か違うのかっ?」


「憑依体質の者に出入りする時は、常人にそうする時よりも力を使わなくてもすむ、と言われています・・・まだ未熟な妖にとって、そういう存在は重宝されるんです。いざと言う時その人間を楯にできますしね」


「そうか。それで―」


「それにどうやらあの妖、元来の性別は、幻通り女である可能性が高い」


「死人が全て男だからか?」


「ええ。まぁ・・・あやつの場合、妖しの力を使う時には、似顔絵の姿にならねばらない―おそらくあれが、人型を取った時の姿なのでしょう」


「しかし・・・憑依体質だと言うんなら、碧さんに固執する事はないんじゃないのか?」


「確かに。人通りの多い道にでも行けば、憑依体質の人間など、れなりに数はいましょうからね・・・しかしあやつは、碧様を選んだ・・・」


「何故だ?」


「直志殿、彼方は惑わしの術にかかりましたね?」


「あ、ああ・・・?」


「ならばあやつは、その術で獲物を誘き寄せるというのが常なのでしょう―そこから考えるに、あやつは人型を維持できず、寄生も憑依も長時間できぬ若輩ゆえ、憑依体質の碧様の体を乗っ取ろうとした・・・という事になります」


「なるほど」


「殺しが夜半から明け方にしかないのも、あやつがその間の時間しか動けぬ証拠。それまでの時間誰ぞに憑いているか、もしくは身を潜めているのでしょう。正面から向かって襲わないのも、まだ多人数を相手にできる力ではないと言う事。一人相手に、惑わしの術を使って誘導するぐらいですから―生まれたてと言ってもいい・・・幻に、強い残留思念を残して感情をむき出しにする所からも、それが言えます」


 直志は神妙に頷く。


「ふむ―しかし幻のあいつは、何故あんなに焦っていたんだ?」


 清蓮は「ほう」と意外そうに言った。


「彼方も気が付きましたか・・・あやつは既に、宴会場へと侵入して彼方に惑わしの術をかけている。獲物を品定めする為に、暫く誰かに憑依するか、人型を保っていなくてはならなかった筈―そして彼方は運良く、その術に完全にはかからなかった・・・彼方を館の外で待ち伏せ食らうつもりでいたあの女は、それが叶わずに癇癪かんしゃくを起こし、あのような幻を出した・・・」


「力を浪費ろうひし過ぎて、焦っていた?」


 清蓮は頷き、「私はそう考えています」と言う。


「力が底を尽きると、妖はどうなるんだ?」


「大抵、人型をとる前の原型に戻ります。それが小動物であるなら俄然がぜん不利ふりになる。それに例え何であれ、力を失って原型になると、再度元に戻るまでかなりの時間を要します―その間に天敵にやられるのは、実に不本意でしょうね・・・」


 清蓮は意味ありげに目を細めた。

 直志は、はぁ、と息を吐いて思った。


(天敵とは、陰陽師のことか・・・)


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