あやかしの気配
外に面した扉窓が押し開けられる程の強い風が、突然部屋の中を駆け抜けた。部屋の明かりが一斉に消える。碧の高い悲鳴が、部屋中に響きわたった。
「何だっ?」
明かりが無くなり、視界が悪い。直志はあたりを見渡したが、隣にいる清蓮と、後ろにいる小野兄妹の藍をかたどった人影しか見えなかった。
清蓮も同じく身構え、こちらは視線だけで様子を伺う。
目が慣れると、扉窓が内側に開いているのに気が付いた。
白の紗編窓垂布が夜風に揺れ、月光が照る。
置時計が、かちり、こちりと、静寂の中で鳴っていた。
「清蓮―今のは・・・ただの風か?」
直志が抑えた声で言うと、清蓮は尚も目配せしながら言った。
「違う。妖の気配がする・・・」
清蓮は洋寝台に視線を向ける。
秀晴に抱きしめられた碧は、薄闇でも分かる程に震えていた。
先程から声をあげないのは、恐怖の為だろう。歯の根があっておらず、かちかちと、秒針よりも早い音が僅かに聞こえてきた。
「碧、大丈夫だから・・・碧・・・」
そう宥める秀晴の声も、碧には届いていないようだ。
直志は、持っていた龍牙丸を握りしめた。
(妖が現われれば、これを抜けはしないか・・・剣術だけは自慢できる。己の身ぐらいは己で守りたい・・・)
その思いに抗うように、直志は再び腕の痺れに見舞われた。
しかし痺れは、先ほどより更に弱まっている。痺れが手の平から甲へ、手首の辺りに伝うのを感じた。力を緩めると痺れはなくなり、ただの小太刀にしか見えなくなる。
碧を見ると、もう一対の龍牙丸を力の限り抱えていた。
しかし彼女が震えているのは痺れのせいではなく、恐怖に囚われたものである事は明白で、直志は内心首を傾げた。
(単に力を加えただけで、痺れが発動するわけではない―?)
直志が再度小太刀を握ると、やはり痺れは発せられた。
(もしや、俺が小野家の者ではないから―?)
「清蓮。この小太刀、本当に大丈夫なんだろうなっ?」
「何がです?」
「この小太刀が小野家の守護をしている、という事は、小野家の者以外は受け付けない―という事ではないのか?」
「ああ・・そういう意にも取れますね」
清蓮は直志を気にも留めず、気配を探っている。
「俺が持っていて、破魔の力は働くのか?」
「さあ?」
「さあっ?さあっ、て何だっ」
「正直に言うと、意思を持つ元付喪神に対面したのは初めてなんです。彼が誰を敵と判断するのか、私には分かりません」
「お前、陰陽師なんだろっ?」
「そうですけど・・・でもまぁ。今から現われる妖は、明きらかに小野家の敵。その龍牙丸が真に小野家の守護神ならば、それに反応する筈ですから・・・破魔の力に便乗できれば、それに越した事はないでしょう?」
(ああ・・・何て頼りない言葉だ・・・)
「その力が目覚めた時に、俺に何かあるっ―て事は?」
「無いとは言えません」
「お前なあっ」
「世の中に、絶対や完全は存在しません・・・しかしその小太刀を持っている方が、安全だというのは保障できますよ」
直志は手放そうか否か暫し考えて、結局は持つ事にした。
清蓮はその意を察したのか、自信あり気に言う。
「ご心配には及びません。彼方の安全は、契約条件に加えられていますから」
書面にして残さずとも有効だろうか。
今更になって、直志は真剣に考えた。




